バイデン大統領の支持率が下がっている。アフガニスタン撤退がきっかけになり、新型コロナウイルス対策が重なったとCNNは分析している。民主党も共和党も支持していない無党派の離反が響いているようだ。一方で民主党支持者の支持は維持されている。このため、外に敵を作る手法がますます目立つことになり「アンチ」も増えている。国民の一体化が必要なアメリカの民主主義は危機にあるといって良い。
この不人気はバイデン政権が要の政策として掲げるインフラ関連法案(ビルド・バック・ベター)の成立を難しくしているのだが影響はそれだけではなさそうだ。
NHKがこの不人気ぶりを詳しく解説している。CNNの短い解説と違いNHKはインフレを大きな原因としてみている。収入は伸びているが物価の上昇に追いついていないのだという。金融政策は中央銀行の仕事だが国民はバイデン大統領に失望しているようだ。
人気が下がると議会支持者が減り決められなくなる。決められなくなるとさらに支持が下がるという悪循環が生まれる。おそらく民主党は「悪夢のトランプ政権」の再来を懸念しているのだろう。これがバイデン大統領が「敵をより強調する」姿勢につながる。
厄介なことに政府がコロナ対策に本腰を入れようと強い姿勢に出れば出るほど共和党支持者は「政府に介入されたくない」と苛立つことになる。ワクチン接種やマスクの着用に強く反対する人が出てくるのはそのためである。結果的に多くの国民の健康が危険にさらされることになる。
バイデン大統領の政策が行き詰っているのは予算だけではない。民主主義そのものを巡る戦いになっている。日本では憲法が話題になるがアメリカではむしろ選挙制度対する関心が高いそうだ。代表をどう選ぶのかが重要なのである。一部の州が投票制限の州法制定を目指している。連邦レベルでこれに対抗しようとしたが民主党の中からも反対者がでて頓挫してしまった。
この動きには解説が必要だ。アメリカ合衆国で公民権運動が盛り上がりを見せた後、既得権を守りたい白人は様々な手段で黒人の投票を邪魔しようとした。このためマイノリティにとって投票の権利擁護には極めて重要な意味がある。選挙権は自らが獲得した重要な権利であり政治参加そのものを象徴しているのである。
バイデン大統領の提案は民主党の強い下院では可決された。だが上院では一部の民主党議員が「超党派での成立を目指すべきだ」という理由で同調せず、結果的に投票法は成立しなかった。民主党の上院議員の中にも州内の共和党支持者や無党派層を無視できないという人たちが増えているようだ。
例えばジョージア州では「州内の投票行動を全面的に見直す」法律が共和党が支配的な議会で成立している。トランプ大統領の「アメリカの選挙では不正が蔓延している」という主張がじわじわと浸透しているとも言えるし既得権を失いたくないマジョリティの不安があるのかもしれない。民主党支持者にはこれが民主主義への攻撃に見えるが共和党支持者たちは白人主導のアメリカが失われることに対する恐怖心がある。
だが当事者のアメリカ人は自分たちの国で何が起きているのかがよくわかっていないようだ。その混乱ぶりがわかるコラムをCNNで見つけた。
議会襲撃一周年に合わせてCNNの司会者であるファリード・ザカリアという人がコラムを書いているが精神論になってしまっている。
- 民主主義は様々な国で危機を迎えている。
- 既成政党離れが進むドイツもその一例だ。
- スペイン、イタリア、オランダでは内閣の組閣が難しくなった。
- グローバル化が進み多様性が増しているからだろう。
- 政治情勢が複雑化すると不安を煽る人も出てくる。単純な解決策を喧伝し昔に戻ろうと主張するのだ。
- だがアメリカの民主主義はヨーロッパよりも危険な状態にあるように思える。共和党が選挙制度そのものを攻撃しているからだ。
- アメリカの憲法は人々が高潔に振舞うべきだという前提を置いていない。
- これがアメリカ憲法の限界だ。
ヨーロッパの事例とアメリカの事例はイコールではない。アメリカの混乱はアメリカ特有の問題に起因するのだがそれがよく見えていない。ザカリア氏は有権者と政治家の高潔さに過度な期待しているようだがアメリカの経済が「高潔さ」によって運営されていたことなどなかった。おそらく当事者たちは何が起きているのかよくわかっていないのだろう。
NHKが伝えるように実際にアメリカ人が戸惑っているのはおそらく経済問題ではないかと思う。特に格差の拡大は深刻である。
BBCが面白い記事を配信している。世界の富豪トップテンはパンデミックによる政府支出が増える中でも資産を倍増させているらしい。一人を除き全てアメリカ人である。外国メディアの方が冷静に物事を分析している。
イーロン・マスク(米テスラ最高経営責任者=CEO)、ジェフ・ベゾス(米アマゾン創業者)、ベルナール・アルノー(仏LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン会長)と家族、ビル・ゲイツ(米マイクロソフト創業者)、ラリー・エリソン(米オラクル創業者)、ラリー・ペイジ(米グーグル創業者)、サーゲイ・ブリン(同)、マーク・ザッカーバーグ(米メタCEO)、スティーヴ・バルマー(米マイクロソフト元CEO)、ウォーレン・バフェット(米投資家)。
世界の富豪トップ10人、パンデミック中に資産が倍増=NGO
格差拡大の理由もわかっている。アメリカ人の富豪たちは資産を株でもらいその株を担保にして銀行から借金をしている。そして借金をしたまま死んでゆく。普通の人たちから見るととても信じられないのだがアメリカの大富豪は巨大な資産を巨大な借金を抱えたままで死んでしまうのだ。これをBuy Borrow Dieというそうだ。
アメリカ人の資産家は資産を貨幣経済から切り離すことで資産を守り税金から自分たちを防衛している。日本でも巨大な黒字超過が起きているが庶民の暮らしは決して楽にならない。富は庶民を素通りする。
この常識はずれの経済活動を支えているのは実はアメリカ合衆国の憲法なのだそうだ。憲法が資産への直接課税を制限しているとBBCは説明する。つまり、アメリカの民主主義は高潔さを失った故に危機に瀕しているのではない。一度手にしたものを決して失いたくないというアメリカの成功を牽引してきたあくなき貪欲さが育ち過ぎてしまったのだろう。アメリカ人が拳銃を手放せないのも憲法問題であるということを考えるとアメリカ合衆国は建国理念に強く縛られていることがわかる。
一方で庶民の暮らしは不安定化するばかりである。カリフォルニア州ロス・アンゼルス郡では犯罪率が上昇している。軽度の犯罪行為を立件する方法を変更する特別指示が出たせいだとCNNは書いている。刑務所内でコロナ感染が拡大したためすぐに容疑者を保釈してしまうことが原因になっているようだ。
大富豪たちが資産を太らせる一方で州政府は治安を維持するのに十分な予算が捻出できていないことになる。
だが富豪たちは特に困らない。彼らは自前で警備員を雇いゲーテッドを確保することができるからである。
格差が拡大すると民主主義は揺らぐ。これを防ぐためにバイデン大統領は「専制主義者たちが民主主義を脅かしている」と不安を煽り立てるしかない。これが結果的に専制主義国を危険な行動に導く。中華人民共和国と接する日本はその最前線の一つでありアメリカの混乱は決して他人事とは言えない。