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バイデン大統領がロシアのウクライナ介入を容認してしまう

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国際社会は今ウクライナ情勢を懸念している。前回の北京オリンピックに前後してジョージア(グルジア軍)とロシア軍が先頭を起こしたという前例があるからだ。

そんな中、バイデン大統領がウクライナへのロシア介入をうっかりと認めてしまった。ロシア議会はさっそくウクライナに親ロ政権ができた時にすぐさま承認できるようにという要請を始めた。これは日本に取っても影響が大きい。中華人民共和国が台湾に介入するためのケーススタディになり得るからである。

日本人はアメリカを定数のように考えたがる。だが、実際にはアメリカは巨大な変数になりつつある。平たい言葉で言うとアメリカ大統領の動きによって日本の安全保障はかなり危険な状態に陥る可能性がある。もっと平たい言葉でいうとアメリカはそれほどあてにならないしバイデン大統領はなおさらだとなる。

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発言修正の動きを日本で最初に伝えたのは読売新聞だった。「小規模な侵入なら制裁弱まる」発言、バイデン氏が軌道修正…ウクライナ大統領が苦言と言う記事だ。バイデン大統領は「ロシアの攻撃が小規模に止まればアメリカの同盟国は対応を巡って揉めることになるだろうなあ」という趣旨の発言だ。日本ではそれほど大きな話題にはならなかった。

ではアメリカではどう伝わっているのか。CNNも同じようなことを書いている。つまり読売新聞が書いていることはCNNも伝えている。英語のundermineは下方修正・弱体化というような意味だ。共和党などはかなり反発しているようである。

But Biden appeared to undermine that message when he subsequently suggested during a White House news conference that a “minor incursion” by Russia would elicit a lesser response than a full-scale invasion of the country.

Tensions are high on Ukraine’s border with Russia. Here’s what you need to know

この発言が何を意味するのかを考えるためには背景情報を考えなければならない。

まず、前回の北京オリンピックに合わせるようにしてジョージアで問題が起きたという前歴がある。

今回、ロシアのラブロフ外相はまずドイツと会談したが「アメリカが答えを準備する必要がある」として何も合意しなかった。さらにアメリカとは外務大臣級の会談を行なった。ラブロフ外務大臣とブリンケン国務長官がジュネーブで会談したのだ。お互いに要求を出し合いアメリカ合衆国は書面で回答することになったのだそうだ。現在、ロシアはこの返事を待っている。

アメリカ合衆国はウクライナから大使館員家族を退避させ、国連のグテーレス事務総長は「何もないことを望む」と言っている。戦争前夜と言った雰囲気だ。

おそらく文書そのものはバイデン大統領のこれまでの表向きの主張を繰り返すことになるのだろう。だが、その前にウクライナから大使館員家族を退避させたことからアメリカはロシアが望むような解答を出すつもりはないのだろう。

アメリカの予測通りにロシアが軍隊を動かしたとすると今度は「バイデン大統領がどれくらい本気で外国の情勢に介入するつもりがあるのか」という点が巨大変数になる。今回の「小規模紛争だった場合」という発言はつまり「小規模ならこちらは身動きが取れなくなる」と認めてしまったということを意味する。発言を撤回してももう遅いのである。

そもそもアメリカ合衆国とロシアの意見には最初から相違がある。

  • ロシアはウクライナ東部にいる親ロシア勢力を応援しているだけと言う立場である。この親ロシア勢力はこのところ西部の親ヨーロッパ陣営と対立していてウクライナ東部は内戦状態にある。つまりロシアは親ロシア勢力を応援しているだけでありそもそも「侵入」とは考えていない。ロシア議会はウクライナ東部で独立を宣言している「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の承認を求めているだけであって西部については言及していない。
  • 一方でアメリカのウクライナ政策は政権によって変わる傾向がある。
    • オバマ政権は2014年になってウクライナに介入した。きっかけはロシアによるクリミア半島の併合だった。
    • しかし、2016年にトランプ大統領になるとウクライナへの姿勢は懐疑的なものになる。ライバルであるバイデン氏の子息がウクライナとのつながりがあったからである。
    • バイデン大統領になり状況は逆転した。それ以来「ロシアがウクライナを狙っている」と言い続けている。
    • その後、国内で党派をまとめられていないバイデン政権は共和党とロシア・中国を「専制主義」と呼ぶようになった。専制主義から民主主義を守るのは民主党だけなのですよと言いたいわけだ。このため表向きは強い姿勢でロシアを牽制しているのだが「実際にはどれだけ本気なのかわからない」と言う状態が続いている。今回小規模なら身動きが取れなくなると漏らしてしまったことから「実は自分たちの陣営がまとまって動くとは思っていない」こともわかる。

ウクライナ情勢が緊張する背景にはプーチン大統領のトラウマがありそうだ。プーチン大統領はソ連崩壊を経験しているのである。このためプーチン大統領はカラー革命と呼ばれる民衆改革に対して極めて懐疑的な姿勢だ。

これがよくわかったのがカザフスタン情勢への介入だった。おそらくは格差拡大に耐えかねたカザフスタン民衆の蜂起だったのだろうが「外国にそそのかされてテロに発展した」からロシアなどの助けを求めたと説明されている。プーチン大統領はのちに「ウクライナで2004年に起きたようなカラー革命は容認されない」と厳しい姿勢を示している。ベラルーシでも大統領の権限が縮小されそうだ。大統領の上に「安全保障」のスキームができるのだという。

いずれにせよウクライナにとってはこれは「分裂」を意味する。ウクライナのゼレンスキー大統領は「小規模の介入などあり得ない」と反発しバイデン大統領も発言を修正した。

バイデン大統領の戦略はできるだけ強い調子で国際世論を喚起しロシアの動きを抑止するというものだ。だが実際にことが起きてもおそらくアメリカは十分に介入できない。議会も世論もまとめられず予算が取れないからである。

CNNの記事を見るとアメリカではかなり深刻な動きが起きている。一部で支持者離れが起きているからである。これについて聞かれたバイデン大統領は「私は世論調査を信じない」と言い放った。CNNもこれには呆れ顔でバイデン大統領が追い詰められているのがわかる。

He was asked, “How do you plan to win back moderates and independents who cast a ballot for you in 2020 but, polls indicate, aren’t happy with the way you’re doing your job now?” The President responded this way: “I don’t believe the polls.”

This is the worst answer Joe Biden gave at his press conference

ウクライナ情勢をめぐっては共和党から「アメリカのリーダーシップが失墜した」という攻撃も予想される。ウクライナ東部に親ロシア政権ができてもそれは大きなものではないのかもしれないが「バイデン大統領には口で言っているほどのリーダーシップはない」という証明にはなる。

西側にはロシアが本気になればNATOは太刀打ちできないという分析をする人がいる。それは確かにその通りなのだが「マスを一つ獲得できれば前進」と考えるロシア側には全面戦争を仕掛ける動機がない。この「全面戦争」で得をするのはむしろ西側だろう。ロシア側が派手な攻撃を仕掛けてくれれば世界でロシアを非難し体制崩壊に追い込めるだろうにという西側の願望である。

ちなみに中国にもそのような観測がある。これについて遠藤誉さんは中国が崩壊するとすれば「戦争」、だから台湾武力攻撃はしないという記事を書いている。中国も台湾にいる親大陸派を抱き込めば済むだけの話で全面戦争を仕掛けるような経済合理性はない。

格差拡大で民主主義の基盤が危うくなり「専制主義による全面戦争」が民主主義の最後の希望になっている。つまり敵の存在なしに民主主義が正当化できなくなりつつあるわけだ。

今回のアフガニスタン、ウクライナ、カザフスタンの状況を見ると台湾情勢の今後がわかる。バイデン大統領は表向きは強いコミットメントを見せているが「実際にどれくらい介入の意図があるのか」はよくわからない。ウクライナやカザフスタンのモデルに従えば、中国がその気になればアメリカを刺激して状況を動かしつつ台湾にいる大陸統合派や独立反対派の「民主的な要請」に従って中華人民共和国が応援しているという形を作り介入すればいいことになる。この戦略は成功し続けている。アメリカが勝った前例はない。

日本にはアメリカ合衆国は巨大な後ろ盾であると信じて疑わない人たちがいて「台湾有事は日本有事である」と主張する人がいる。政治的主張としては構わないと思う。

ただしそれは日本が独力で中国と渡り合えるという確証があって初めて正当化されるという架空のシナリオでしかない。岸田総理はバイデン大統領に敵基地攻撃能力について検討しますよと約束した。バイデン大統領はその席で日本訪問を約束したという。岸田総理がどんなに懇願しても会談してくれなかったバイデン大統領が「自分から出向く」と言っていることから敵基地攻撃能力がバイデン大統領にとっていかに魅力的なのかということがわかる。

もちろん日本にとっても「アメリカの気持ちをつなぎとめておく」ためには非常に有用なツールだ。岸田総理はこれで「ジョーの気持ちをつかんだ男」という評価が得られる。ただしこれが有効なのは「仮に使う機会がなければ」という限定条件付きではある。おそらく中国側に全面戦争の意思があれば真っ先に狙われることになるだろう。岸田総理は国民を危険にさらしてでも政権を盤石にするためには価値がある賭けだと思っているに違いない。

実際には日本には憲法の制約や駐留米軍の制約があり独力で中国に対峙することはできない。憲法改正を望んでいる人たちは日米同盟の維持を選択しているわけで現実的に日本は中国に対峙できない。

こうした政治的制約のある日本はたとえ弱腰であっても「状況がこれ以上エスカレートしないように」中国と上手く付き合ってゆくしかない。憲法改正も必要なのかもしれないが状況は極めて急激に変わっているために憲法改正で政治的リソースを消尽するのは適当ではないだろう。

おそらく改憲派の人たちはこうした複雑な状況は理解できないだろう。「アメリカの弱体化」について喧伝することは中国を利するだけだと考えてこの巨大な変数になったアメリカの情勢からは目を背けることになるのではないかと思う。

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