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2024年トラック輸送問題と非協力社会

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きっかけはくだらない疑問だった。トラックドライバーが足りないのなら鉄道で運べばいいのではないかと思ったのだ。だが、その疑問を調べていて長距離ドライバーが足りないという問題は実はかなり深刻な問題になっているのだということがわかった。2024年に再びトラックドライバーの不足が問題になりそうなのだ。

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ヨーロッパでは環境に優しい鉄道に注目が集まっている。比較的短距離の移動に飛行機を使うのをやめて鉄道にしようという動きもあるそうだ。フランスでは列車で2時間半以内の地域への短距離国内便が禁止された。二酸化炭素排出削減が狙いだ。

鉄道には環境に優しいというメリットがあるのだが近年の日本では鉄道廃止の方向に動いている。特にJR北海道とJR四国の経営悪化は深刻だ。北海道は自治体の支えなしには経営が成り立たない路線があり廃止の方向で検討が進んでいる。四国はしばらく廃線はないが運賃は上げざるを得ないと言っている。JR九州もおそらくは鉄道よりも不動産収入などが収益のメインになっている。

これを払拭するためには長距離貨物運輸を鉄道に切り替えればいいのではないかと思った。市場原理ではなかなか切り替えが進まないと思うのだがこういう時こそ国が出てきて問題を整理すべきである。

とはいえ鉄道輸送にもそれなりに投資が必要である。長距離ドライバーが足りているならその投資は無駄になるだろう。そこで長距離トラックドライバーは足りているのだろうか?と思った。実は足りないらしい。状況はかなり深刻で「2024年問題」と言われているそうだ。議論を整理しているのは専門誌ばかりで一般紙の取り扱いは少ない。

2017年にEC(電子商取引)が拡大し運転手が足りなくなるという問題が起きたが運賃を値上げすることでこの危機は回避された。加えて2019年には働き方改革が行われた。だが、トラック業界は「これをすぐに適用すると」ドライバーが足りなくなるとして適用を猶予された。その期限が2024年なのだそうである。

別の記事によると待遇改善が行われたとはいえ全産業平均と比べ長距離で1割、中近距離で2割も低いのだという。これが人材不足につながる。わざわざきつくて賃金が伸び悩む業界に一生を捧げようという人はいない。輪をかけて深刻なのがドライバーの高齢化問題である。充足率は徐々に下がっていて将来的にはドライバーが確保できなくなることがあらかじめわかっている。

つまり長距離ドライバー問題は破綻が見えているのだが、国の政治のアジェンダには乗っていない。とりあえず今は動いているからである。

トラックドライバーの問題は「短距離・ジャストインタイム輸送」の問題と長距離トラックドライバーの二つに分けることができる。このうち前者は配送ステーションをコンビニに置いたりAIによる配車管理をするなどの効率化が求められる。鉄道が改善できるのはむしろ長距離ドライバーの問題であろう。

トラックのコンテナを鉄道に積み込めば多くの荷物を少数の運転手が一度に運ぶことができるため人手不足の問題が解決する。また高速道路が安くなる深夜の時間帯を待って夜通し荷物を運ぶというようなことも起こりにくくなるだろう。ずいぶん昔から指摘されている問題だが今でもなくなっていないらしい。深夜労働で「きつい仕事だ」という認識が広がっている。

今回参照した記事はトラック業界の企業努力については書いている。パレットを利用することで積み降ろしの効率化を図るというのがその事例である。だが、業界を超えた交通整理を行うには国の介入が必要である。

ではこのまま問題を放置し続けるとどんなことが起こるのか。それがわかるのがアメリカ合衆国の事例である。アメリカではトラックドライバーの不足が恒常的に起こるようになり8万人のドライバーが足りない。ただそれが直ちに経済の破綻につながることはない。だから問題は解決しない。

これが問題になるのは様々な外的要因が加わった時である。コロナウイルス・オミクロン株の拡大による労働者不足、巣ごもり消費、冬の悪天候などが重なりついに、お店に食料品が届かないという事態に陥った。

去年のクリスマスシーズン前にはロスアンゼルス港での荷物が捌けなくなりホワイトハウス(連邦政府)が介入するという事態が起きていたとBBCが伝えている。

ロスアンゼルス港はアメリカ合衆国に入ってくる4割の貨物を扱っている。港湾労働者も足りなくなりバイデン政権がタスクフォースを作って状況改善に乗り出した。港湾・トラック輸送・小売までを巻き込んだ調整をしなければ物資不足が起きるという状態になっていたのだという。港湾は24時間稼働することで溢れかえる物資を捌かなければならなかった。

じわじわとアメリカの物流インフラが蝕まれているのだが対応をしてこなかったせいで問題が起きるたびに対応を迫られる状態になっている。

アメリカのニュースを見ていると”piles up”という表現がよく出てくる。様々な問題が「積み上がって」収拾がつかなくなるという意味である。普段は動いているのだが何かが「積み上がる」と物流が止まるという状態である。

なぜ、日本では抜本的な取り組みが進まないのか。それは日本が成果主義・自己責任社会だからだろう。人々はゴールを意識することなく「得点」を稼ぐことに躍起になっている。ところがそのゲームは個人戦であり協力は前提とされていない。さらに問題が起こると問題の矮小化や「切り離し」が行われる。その結果ますます協力が難しくなってゆくという悪循環が定着した。

最大の得点を上げるためにはどうすればいいのか?という理論は研究が進んでいる。それがパレート均衡とナッシュ均衡である。全体の利益の最大化を目指すことをナッシュ均衡と呼び個別の得点の最大化を目指すのがパレート均衡なのだそうである。社会が協力すれば全体が稼げる得点は増える。

つまりゲームが悪いわけではなく、協力できないことや全体を見ることができないことが問題なのだ。

ナッシュ均衡どころかパレート均衡すら目指せなくなると「相手が勝つことを邪魔する」という新しいゲームが生まれてますます均衡点が下がってゆく。だがこの「人を叩く」というのが今では主流になっている。例えばこうしたブログでも「人をタイトルにして何かを叩くような内容」にすると途端にアクセス数が増える。

山手線は2〜3分おきに電車が来る。整然と人が乗り込み整然と降りてゆく。表面だけを見ると日本は社会協力的な良い社会のように見える。だが乗客たちは実はスマホに目を落として常に誰か叩ける人を探している。つまり日本は整然とした社会暴動が毎日起きている社会と言える。

問題が解決できなくなった社会で、誰かを叩くことは問題解決の代替手段になり社会に定着していると言えるだろう。

合理的には「個別のゲームをやめて協力しましょう」と提案することが社会便益を最大化するのだが、そもそも20年以上も成長していない社会では誰もそんなメッセージを信頼しない。そもそも誰も社会が協力して高得点を稼ぐという世界を見たことがないのだからそれも当然といえば当然だ。

トラック輸送の問題に戻る。おそらく2024年にはまた物流費の高騰が起こるだろう。だがドライバーの労働環境が改善するわけではないのでドライバーの不足も解消しないはずだ。インフラを整えて長距離輸送網を再整備すれば問題は解決するのだろうがそちらも改善しない。地方の鉄道会社は路線を廃止しますます衰退する地方も出てくるはずである。

誰も総合調整しないままそれぞれが個別の問題として扱われるとこのような未来しか予想できない。

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