谷本盛雄容疑者と北新地ビル放火報道

大阪の繁華街にあるビルで火災があり大量の人が亡くなったらしいというショッキングなニュースがワイドショーに流れたのはちょうどお昼頃だった。最終的には24名が亡くなったそうだ。

その直後から「精神病の人間は閉じ込めておくべきだ」というツイートが流れて来た。

だが実際に容疑者として逮捕された谷本盛雄容疑者は彼らが考えた「精神病の人間」のプロフィールとは異なっていた。決めつけの恐ろしさを感じる。実際の谷本容疑者は仕事ができて真面目で大人しい人物だったそうだ。国家資格も持っていて仕事のスキルも高かった。だが、その裏では家族への虐待もあった。それも含めて「内向きで何をしでかすかわからない普通の」人物だ。






谷本盛雄容疑者はどんな人物だったのか

繁華街のビルで火災があったという第一報があった時、多くの人はおそらく飲食店などを想像したはずである。なぜ朝から多くの人間が一つの店にいたのかと考えたわけである。報道はおずおずと「クリニックである」と伝えた。自らが風評被害に加担することを恐れたのだろう。実際にはメンタルクリニックと心療内科を兼ねた病院だったようである。ここから犯人もきっと精神に異常がある人物であろうという憶測が生まれ無責任な風評につながってゆく。

だが実際の容疑者のプロフィールはそれとは全く異なっていた。実際の容疑者がどんな人だったのかというプロフィールはすぐに出てきた。この時点で「61歳の男性で息子を刺したことがある」と週刊誌報道されている。お酒の勢いで息子と口論になり持ってきた包丁で刺したのだそうだ。「息子が働かないから殺す」という理由だったそうだが実際には離婚の寂しさから自殺願望があり「自分一人で死ぬのは忍びないから息子を道連れにしよう」というのが動機だったようだ。巻き込み心中事件未遂を起こしていたわけである。

それでもこうした一面を伝えたがらない社もある。NHK朝日新聞は谷本容疑者が真面目でおとなしいという面を主に伝えている。1級建築板金技能士の国家資格を持ち仕事ぶりも優秀だったそうだ。だが産経新聞は長男を刺したと言う事件についても触れた。「二面性がある恐ろしい人物」と言えるかもしれないのだが「言いたいこと我慢して身内に当たる」というのは虐待傾向のある男性にはよく見られるかなりありふれたプロフィールでもある。

西梅田こころとからだのクリニックに問題はなかったのか

病院側に対する風評も広がった。「西梅田こころとからだのクリニック」のGoogleにはレビューが残っていたようで「初診以降は雑」という書き込みが多かったようだ。日本の診療制度はカウンセリングではなく薬を出して患者を一人でも多く捌いた方が儲けが出る仕組みになっている。おそらく何もこのクリニックだけの問題ではないのだろう。だが事件があったことで「クリニック側にも何か問題があったに違いない」と言う憶測が飛んだ。

確かにメンタルクリニックは薬のブローカーのようになっているところが多い。つまり大量の人数を5分程度の診療で捌くだけでろくな診療をしないというイメージがある。当初「朝から大量の人間が集まっているのはそのせいだろう」と感じた。

だが、その後メンタルクリニックの情報が出てくるに従って「ミーティングルームがあり」「経営している医者はついつい時間をかけて診療しがちなので待合室には人が溢れていた」という情報が出てきた。おそらく流れ作業的に患者をさばいていたというのも医師が発達障害の対策に熱心に取り組んでいたというのも事実なのだろう。今回人が多かったのは再就職を目指す人たちのリワーク(おそらく再就職という意味だろう)プログラムが開催されていたからだという報道もあった。

騒ぎを受けたからなのか「西梅田こころとからだのクリニック」の口コミは大幅に削られており現在では「良い評価」の書き込みとお見舞いのコメントだけが残されている。いずれにせよ被害を受けた病院の院長を責めて見たところで日本の精神医療の状態が変わるとは思えない。

撒かれたのはガソリンだったようだ。つまり仕掛けとしてはそれほど複雑なものではなかった可能性が高い。惨事になったのはこのビルが密閉状態になっていたからのようだ。大阪市消防局は問題は見つからなかったと行っているようだが避難が難しい状態になっていたのは確かだろう。DMAT隊員は救援と蘇生が仕事だが「搬出された時点ですでにやることがなかった」そうだ。火災が発生していた時間はわずかだったようだったが一酸化炭素中毒が広がったため被害が拡大したのだと思われる。

市消防局は「検査には問題がなかった」と言っているようだが「点検結果を報告していなかった」という報道もある。火災報知機や誘導灯はあったようだがスプリンクラーはなく設置の義務もないそうである。新宿歌舞伎町でビル火災があり44人が死亡したのは2001年だそうだが罰則は強化されたものの違反は後を絶たないのだという。

自殺願望と自己肯定感の低さ

精神に不調を持っている人をやり玉に挙げる「思考停止」がなくなることはないので間違った風評が上がるたびに「それは違う」ということは伝える必要がある。

だが実際には「普通の男性」が孤独から周りを巻き込もうとする犯罪は多い。つまり精神正常者の方がよっぽど危険だといえる。厳密に言えば精神は正常で合理的な思考はできるが認知には問題がある人が危ないのではないだろうか。

8月6日には小田急線快速電車で「女性なら誰でもよかった」という36歳男性がサラダ油を撒いたが火がつかず牛刀を振り回し10人にけがを負わせるという事件があった。対馬悠介容疑者は無職で生活保護を受けていたこともあるという。この時には女性を狙った「フェミサイドなのかそうでないか」という議論があったそうだ。この人は少なくとも合理的に計画をして犯罪を実行している。

10月31日には京王線でこれを模倣する事件が起きた。オイルライターと殺虫剤の組み合わせで「引火力」を増したのだそうである。服部恭太容疑者はハロウィーンで混み合い停車駅が少ない京王線の列車を狙い「密室」を作り出し映画の悪役「ジョーカー」を模倣して犯行に及んだ。一人では死ねないので死刑になりたかったと言っているそうだ。彼もまた先行事例に学び合理的に計画をして犯罪を実行した。

成果主義が行き着いた先

週刊女性が「こうした死刑願望を持っている人は珍しくない」と指摘する。実例として出されている男性は「人生に失敗したことを罰して欲しい」という気持ちがあるようだ。自尊心が十分に育っていないと「自分は何も成果があげられなかったから生きてゆく価値がない人間である。だから社会に処罰してほしい」という気持ちが働くのだろう。

おそらく合理的に行動でできる人たちが「間違っている」のはこの点なのだと思う。つまり成果が挙げられない人間は生きていても仕方がないから消えてゆかなければならないという認知傾向を持っている。だが誰にも注目されず一人で死んでゆくのは嫌だ。そこでみんなに注目されて社会によって殺してほしいと考えるのだ。彼らはどんな形であっても気にかけてもらうということを愛情の一つだと考えているのかもしれない。極めて合理的な思考ではあるが自己肯定感が欠落している。

だがこの認識は間違っているのだろうかと考えるとそれも心許ない。おそらく成果主義が徹底され「成果を生まない人間は生きていても仕方がない」と普通の人が認識するようになった社会では彼らの認知もまた「正常なもの」なのだろう。

こうした社会に適応できずメンタルクリニックに通っている人よりも「生きている価値のない人間は始末されても仕方がない」と考える精神的に「正常」な男性の方がよっぽどヤバいことになる。もちろん、そんなレッテルばりをしても何の役にも立たないのだが。

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