習近平国家主席に忖度して新型コロナ株の名前がオミクロンに変わった話

WHOの新型コロナ株の命名方式が世間をざわつかせている。本来なら、ニュー、クサイとなるはずだったのだがこの二つが飛ばされてオミクロンになったのである。Xiは読みが「習」に近いので習近平国家主席に配慮したものとみられる。つまりWHOは習近平国家主席に忖度したのである。




この件について最初に指摘したのはFOXニュースだったとされている。だがラムダ・ミューの後がニューにならなかった時点で何があったのかと訝る人はいた。FOXニュースは単にそれを言語化しただけである。一応WHOも説明をした。ニューはNewと混同されるからだと説明されたのだがXiについては人名だからという説明になっていた。つまり人名であることは認めている。却って「WHOはそこまで中国に忖度するんだ」というネガティブな印象がついた。

背景にはWHOのテドロス事務局長と中国共産党の親密な関係があることは間違いがない。中国は国際機関の人事を握ることで国際的な影響力を増す戦略を採用している。投票権を持っているアフリカの国々に援助をすることで実質的に票を買っているわけである。主権国家が一票づつ持っているという欧米が作ったルールを利用して戦っているわけで欧米はなかなかこれに抗議しにくい。

さらに付け加えれば欧米は各国の支持を「買い負けている」ともいえる。小さな国は両方を天秤にかけることで米中間のバーゲニングを行なっている。つまり、これまでも民主主義への支持をお金で買っていたということでもある。今同じことを中国がやっているに過ぎない。

それにしてもXiという文字を忌んでコロナの株名から外すなどということがあるのだろうかという気もする。以前なら「こんなのはこじつけであり考えすぎである」と考えただろう。

だが、中国人は極めてハイコンテクストな政治文化を持っていてありとあらゆるものに象徴的な意味をつけたがる。前回見た中国共産党を揶揄するとされる曲にも多くのほのめかしが用いられていた。

では、中国がネットのほのめかしをことさら気にするようになったのはいつ頃からでどんな理由だったのだろうか。

プーさんが中国で禁止されたのは2017年のことである。おそらくこれが国際的に知られるようになった初めてのケースだろう。くまのプーさんが習近平国家主席に似ていると考えられていたため中国国内では使えなくなってしまったのである。

ハイコンテクストなのは共産党だけではない。だから検閲の結果としてさまざまな符丁が生まれる。そしてさらにその符丁が禁止されるというわけである。我々のような自由主義陣営から見れば笑い話だが中国では大真面目に行われている。

ではその背景は何か。それは習近平国家主席の神格化である。

長年の慣例を破って習近平国家主席が2022年の党大会で三選されるためには国家主席のイメージを損なうものはすべて排除されなければならない。だから、国家主席に似たアニメキャラクターもXi株などというものもこの世に一切存在してはいけないのだ。存在してはいけないものは消し去ることができると考えるのが専制主義国家だ。

こんなことは「中国が独裁国家だから」起こると思いたくなるのだが実はそうではない。中国が独裁国家ではないからこういうことになるのである。中国は共産党の専制国家であって習近平国家主席の独裁国家ではない。朝鮮民主主義人民共和国は世襲による独裁国家の道を選んだのだが中国共産党は国家主席の三選を禁止し独裁や世襲を防いできた。国家が複雑すぎるためひとりの独裁者が全てを管理することなど到底かなわないからだろう。

このため中国共産党は長年にわたり習近平国家主席の神格化に取り組んできた。

2018年の記事には憲法改正についての記述がある。結局この方針は全人代によって承認された。中国ではこれが「人民から承認された」ことになる。形式的には民主主義による選挙があり承認されたことになっているわけだ。実際に中国人は「中国には民主的な選挙があるのだから中国は立派な民主主義国家だ」という。少数者が無視され全員が翼賛的に体制を讃えることを中国では民主主義と言っている。

だがこれはルールとして可能になったということを意味しているだけであり習近平国家主席の三選が許されたわけではない。だから習近平国家主席が例外的な指導者であるかということを説明しなければならない。

2021年6月の記事には「定年規定が習近平国家主席には適用されなかった」ことでいよいよこの路線が確実なものになった。さらに歴史決議が行われたことで「習近平国家主席が偉大でかけがえがないリーダーである」という意味づけが行われた。

ここまでやらないと例外的な権力維持が正当化できない。

一人ひとりが抗議の声を上げることはできないが「全体の空気」が習近平を信じなくなればおそらく三選は難しくなるだろう。異論を持った個人は徹底的に排除されるが、権力者もまた個人として全体の空気に支配されるという意味では日本に似ている。

だが皮肉なことに意味の帝国を作ろうとすればするほど「言ってはいけないこと」が増えていってしまう。言論弾圧は当初はほんの小さなことから始まるのだがやがてどんんどん周囲を巻き込んで大きくなってゆく。

日本ではまず観測できないことだがなぜ権力者が言論弾圧に手を染めてはいけないのかがわかる。これは一種の嘘である。一旦嘘をつき始めたら嘘はどんどん拡大する。そしてその人は誰からも信じてもらえなくなる。

意味の帝国から出て外国に来た個人は中国のために戦う道を選ばざるを得なくなる。語学が堪能な中国人の多くがこの「意味戦争」に参加し愛国的に戦っている。我々はそれを外から見ていて「なんとなく気持ち悪いなあ」と感じてしまうのだ。アメリカがソフトパワーを使って信者を増やしていたのと全く逆のことが起きている。ハリウッドの映画も嘘だが「嘘だとわかっているが信じたくなるような嘘」を人は信じる。一方で「意味の戦い」が激しくなればなるほど人々は中国に対してネガティブな印象を持ってしまうのだ。中国人は自分たちが信じ込ませたいものを信じさせようと相手に強要するからだ。

つまり人は自分が信じたいものを信じようとする習性があるのだということがわかる。

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