台湾(中華民国)の蔡英文総統がCNNの独占インタビューに答えた。米軍の支援を受けていることを公式に認めたと時事通信や日経新聞などが伝えている。時事通信は「台湾総統、米軍受け入れ認める 中国の脅威「日々増大」―CNN」というタイトルで、日経新聞は「台湾総統、米軍の駐留認める 米メディアに 中国けん制」となっており、どちらも中国の脅威を前提にしたタイトルになっている。
中国がいよいよ悪の帝国として自由と民主主義を破壊しようとしているのか? でもアメリカがいれば大丈夫だなどと漠然と考えた。
だがCNNのインタビュー映像を見て全く印象が変わった。ウェブサイトに掲載されているインタビューはだいたい7分あるが、全体かっら蔡英文総統の計算されたしたたかさが伝わってくるのである。これくらいできる人じゃないと台湾の総統は務まらないんだなと思った。
まず、この映像は蔡英文総統の独占インタビューである。つまりCNNだけが優遇されている。CNNは最大限の配慮をするだろう。そして台湾総統自ら街を案内する。街の人たちが暖かく総統を迎え入れる中、近所の食堂で「台湾の未来を決めるのは人々です」などと全て英語でインタビューに答えている。
記事にも「台湾は民主主義の灯台」という言葉が出てくる。自分たちと同じ言葉(つまり英語)でインタビューに答える民衆に支持される国家リーダーが「民主主義の灯台を守ってください」とアメリカ人に訴えかける映像になっているのである。
一方の中華人民共和国で主に出てくる政治のシーンといえば習近平国家主席が上から国家に号令するというような映像が多い。加えて新疆ウイグル自治区のウイグル人の迫害や香港の民主化の抑圧などのニュースも多い。民衆に支持される台湾と抑圧が進む中国という絵が着々と作られていることになる。
これはおそらく台湾にとっても利益になるし中国を排除したいアメリカ合衆国の今の政府にも価値のあるインタビューということになる。
面白いことに最近アメリカ合衆国は米軍の台湾のプレゼンスをほのめかしつつ「アメリカの政策は全く変わっていない」と言い続けてきた。
中華人民共和国側の人たちから見ると「ずるい」やり方ということになり、自由主義陣営から見ると「うまい」やり方ということになるだろう。なかなか中立な書き方をするのが難しい。
時を同じくして米中では貿易対話が再開された。米中が激しく主張をぶつけ合う会議になったそうだが、中国がアメリカの台湾介入を断固阻止するつもりなら会議の席を蹴って退出しても良かった。そうしなかったことで中国がアメリカとの経済再開に期待を持っていることがわかる。
よく日本の政治家と台湾の政治家を比べる人がいるのだが背景にある危機感が全く異なる。常に国家存亡の危機にさらされている上に具体的な同盟関係がない台湾はこれくらいしたたかでないと生き残れない。
日本には「とりあえずアメリカがしっかりしてくれれば大丈夫だろう」という日米同盟神話・憲法第9条神話がある。一見左右に分かれているように思えるのだが共産党を除くとこの二つは一体となっていて根拠なき安心感を与えている。大韓民国もアメリカに守られているという気持ちがあるので朝鮮民主主義人民共和国と接近したり日本を挑発したりして「甘えた」行動に出る。
あの映像を見た多くのアメリカ人は「自分たちと価値観のあっている蔡英文側を応援したくなるだろうな」と思った。具体的な予算を議会で捻出しないとアメリカは役に立たないということを台湾の政治家はよく知っているに違いない。常に民衆の支持が必要なのである。
一方で中国の戦狼路線は反発しか残さなかった。トップは戦狼発言をやめたが、自民党のネトウヨ大作戦と同じく民衆はまだ自主活動を続けている。中国人が外国のSNSで堂々と自分たちの政治ポジションを主張することが増えた。アサーティブで良いことのように思われるのだが中国人はおそらく自国でやっているように自由主義陣営を悪し様になじることが多い。中には堂々と中国語で書いてくる人たちもいる。おそらく中国国内では「大きく出ないと舐められる」のだろうがそれをそのまま持ち出しているため異質で気持ち悪い集団になっている。
最近、国際言論空間にデビューした中国人は外での振る舞いに慣れていない。これもおそらく中国がさらに孤立する原因になっているものと思われる。
危機の中にあるからこそ自分たちの主張をゆっくりと・落ち着いた口調で・繰り返し・相手を批判せずに語り続けるという「正しいアサーティブさ」が重要だということがわかる。やはり模範を示すのがトップの役割であり蔡英文総統は十分にその役割を果たしたと言えるのではないかと思う。