共感脳とシステム脳

さて、今日のお話は「共感脳」と「システム脳」について。この本は男性の脳、女性の脳というアプローチで男性脳=システム脳(物事をルールで判断する)、女性=共感脳(相手の表情を読んで適切な対応をとる)に分けている。このうち「空気を読む」能力を担当しているのは共感の能力だ。
作者によれば共感には2つのパーツがある。一つは相手の立場に立って考えるという「脱中心化」(これはピアジェの用語だそうだ)の能力。そしてもう一つの能力は相手の感情を見て適切な感情をフィードバックする(これをシンパシー=同情と呼んでいる)というものだ。
それでは共感能力がないと成功できないのだろうか。作者は極端にシステム脳が亢進した状態をアスペルガーだとしている。200人に1人のアスペルガー症候群の人たちは人の表情を読み取るのが苦手でコミュニケーション能力に欠ける。しかしながら一つのことに集中し、他の事に興味を持たないという能力は研究者にとっては必須の力だ。ただし群れ全体が共感を欠く状態になれば維持がむずかしくなる。
作者はそうは言っていないが、システム化脳が「問題を解決し、発展させる」脳だとすれば、共感脳は「維持し、調整する脳」だということになる。システム化傾向、共感化傾向といった方がよいかもしれない。大抵(95%くらい)は両者がバランスした状態にあるのだそうだ。極端なシステム化傾向は2%強ということだ。とにかく、システム化した人たちばかりでは群れはばらばらになってしまうだろうが、共感するばかりでは群れは発展しない。
ここまで細分化が進めば、対抗するシステム化傾向が顕著だが普通に生活ができていた人たちが「コミュニケーションが苦手」な部類に押し流されるであろうことも予測できる。世の中が閉塞的になり、ますます現状に押しつぶされてゆくのにはこういった理由もあるのではないかと思う。
コミュニケーション能力なしで成功する事は可能だろうか。また、それは良い事なのだろうか。
例えば、コミュニケーション能力が高そうに見える首相に小泉純一郎がいる。彼は「脱中心化」ができるので、メッセージが完結で分かりやすかった。小泉純一郎が首相になるためには適切なコミュニケーション能力が必要だったのだろう。
しかし、生まれながらに地位が約束されているタイプの政治家には「相手の身になって考える」ことができない。例えば、麻生太郎には「脱中心化」の力がなさそうだ。しかし半径5mの男と言われるように、相手の感情を見て適切なフィードバックを与えることはできるのではないかと考えられる。麻生太郎さんは周りの人が顔色を読んでくれるので脱中心化する必要はなかっただろう。
同じように首相を輩出した家柄に生まれた安倍さんは空気が読めず(つまり、相手のニーズが分からず)福田さんは言葉と表情が拙かった。
この記事のオリジナルを書いたのは2009年だった。この後で民主党政権が破綻し、安倍晋三は首相に返り咲いた。彼は「国民の気持ちが分からず」政権を失った。その後3年間考えた結果、国民のやりたい事と自分がやりたい事は違うということに辛うじて気がついた。しかし、相手の気持ちが分からないという欠点は克服できなかったらしく、周囲が止めるのも聞かずに靖国神社に参拝し、アメリカから「失望した」と宣告されてしまった。 このように、人間の共感能力には生まれつきの部分があり、なかなか全てを努力で乗り越えるのはむずかしいらしい。
2009年8月4日初稿 – 2013年12月29日書き直し 
 

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