中国がTPP参加を正式に表明した。日本のメディアは一斉に「アメリカがいないうちに主導権を握ろうとしている」という観測を書いて警戒している。これについて情報交換しているうちに「なぜ日本人はTPPを中国包囲網だと思い込んでいるのか?」という疑問が生まれた。
まず、共同通信だが「狙う」と言い切っている。短い通信記事は要点をまとめなければならない。このため、正式に参加申請した・中国は主導権を狙っている・だが周りの国が認めてくれないかもしれないという三つの要素を書いている。
読売新聞はまだ情報量に余裕がある。アメリカ合衆国から「デカップリング」で排除されかけているのでTPPに入ろうとしているがうまくゆくかはわからないという書き方になっている。つまり中国への警戒感は共通しており中国が入った時のメリットについては書かれていない。
日本人はこうした情報しか読まない。毎日のように「中国は覇権を狙っていて」というような話を聞かされて「ああそうなのだろうな」という気持ちを募らせてゆく。実際には中国依存が進んでいて経済的には切っても切れない関係にあるにも関わらずである。
東方新報という中国のメディアが2020年12月にTPP参加の狙いを書いている。中国もTPPの参入要件がそれなりに高いことはわかっている。特に知財系の条件は中国の実情に合わない。だがこれをクリアすれば国内の改革も進めることができるのではないかというのである。日本が外圧を使って抵抗勢力を抑えようとしてきたのに似ている。理屈としては通っている。
なぜ、日本は中国の言い分を聞かずに闇雲に警戒するのだろうかと考えた。
第一に考えられるのは日本人が実は数の暴力に弱い。日本人は村の総意があれば何をしてもいいと考える「空気支配」の国である。さらに民主主義は多数決であり多数派が少数者の意見を無視しておいいと考える人も多い。規模で勝る中国がTPPに入ってきて「空気」を支配してしまえば飲み込まれてしまうのではないかと考える人がいるのかもしれない。
ただ「TPPは何のためにあるのか」ということをきちんと考えられればこうした警戒感は払拭できる。ボトムラインを決めて「知財に関する条項を守らないとTPPに入れてやらない」と主張できればいいからだ。質問や情報交換を通じてわかったのは日本人が全くTPPの意味を理解していないということだった。なぜこうなるのかを考えてみた。
もともとTPPは民主党政権が始めたものだ。当初、自民党は地方の声を理由にTPPに猛反対してきた。だが政権に返り咲くと製造業からの声を理由にして方針を180度転換し「TPPに反対したことなどない」と言い出した。オバマ政権が熱心に推進していたのでオバマ大統領の顔を潰すようなことはできるはずがないという安倍前総理の意向も働いたのではないかと思う。この時に「これは実は中国包囲網になる」という理屈が展開された。アメリカの権威のある集団に入れば中国と対抗できると考えたわけである。この時に記憶が改竄され「本当の目的は中国包囲網なのだ」と思い込む人が出てきたのだろう。
その後オバマ大統領は議会をまとめられず退任までにTPPを批准できなかった。次のトランプ政権はアメリカファーストを掲げてTPPから降りてしまいバイデン政権も太平洋には関心はあるがTPPには慎重だと表明している。アメリカは結局自分たちで作った枠組みでないと嫌なのだろう。日本は梯子を外されてしまった。だが、自民党の反対派を抑えてまで批准してしまったので後には引けない。だから「こんなはずではなかった」として戸惑っているのだ。
つい数年前の出来事なのだが支持者たちの頭の中ではすっかり情報の書き換えが行われている。民主党に反対するためにTPP反対を訴えていた人たちはすっかり間違った理由でTPP信者になり中国を排除せよと主張する。畜産や農業の反対はすっかり忘れ去られているわけだ。
だが、中国の側にも問題がある。中国は地域でのファーストランナーを目指している。トップランナーには向かい風が一番きつく当たる。おそらくこれを一番感じているのはアメリカ合衆国だろう。アこのため例えばイスラムテロが「先進国が憎い」と言えば真っ先に狙われる。トップランナーを目指す中国もこのように近隣諸国との間に軋轢があり、一帯一路でも警戒されている。
「日本の二番手戦略」というのも案外賢いものなのだなと思った。アメリカが風よけになっていて安全保障などに巨額の支出をしなくてもすむ。おそらく多くの日本人がアメリカとの同盟にフリーライドできているという感覚があり日米同盟を賢い選択肢だとみなしているのではないかと思う。
意外なことに最初にTPPに反対した国は日本ではなくオーストラリアだった。もともと親中派だったが国内事情から反中国にスウィングバックしたという歴史がある。オーストラリアでは今「ウイグル人識別ソフト」開発に大学が関わっていたとして大問題になっているそうだ。市場統合がある程度進むと価値観の問題とは無縁でいられなくなる。
国内の人権問題を解決しない限り、中国のTPP参加はおそらく難しいだろう。