先日、菅総理大臣が自宅療養への大胆な方針転換を言い出して大騒ぎになった。今回、厚生労働省から新しい提案が出てきたことで「我々は厚生労働省に踊らせれていたのかもしれないな」と思った。これはとても危険なゲームになりつつあるとも感じた。一旦疑いだすと「妄想レベル」の想像が膨らんでしまう。菅総理から適切なメッセージが出てこないからである。
今回、出ててきたのは、新型コロナを二類相当から五類に格下げするという提案である。産経新聞が書いていてTwitterで取り上げられて話題になった。ポイントになっているのはこれが国会ではなく運用で変えることができるという点である。だが、おそらく運用を変えれば大騒ぎになる。
厚生労働省は入院勧告や感染者の隔離なども不要になり、自治体や医療機関の負担は大幅に軽減されると説明しているようだ。
だが実際には厚生労働省が関与しなくて済むようになるという点が大きいのだろう。おそらく厚生労働省は手間がかかる新型コロナ対策から撤退したがっているのだろうと思った。問題は政治がどこまでそれを見抜いているかだ。菅総理にそんな余裕があるとは思えない。
うまく持ってゆけば経路も追わなくて済むようになるだろう。PCR検査は今まで通り民間で勝手にやってもらえればいい。さらにもっとうまく持ってゆけば国費負担になっている新型コロナを保険適用にできるかもしれない。今は「コロナにかかってもどうせ国費負担だ」として油断している人も「金がかかるから行動を自粛する」と考えるかもしれないし厚生労働省は財務省に頭を下げなくても済む。
だが、五類移行は国民と医師会からの抵抗が大きい。国民は費用負担が増える五類移行には抵抗感を示すだろう。また、日本医師会は自分たちが関わらないための言い訳に使ってきた。二類相当は面倒だから自分たち開業医には扱えないというのだ。
抵抗感が大きいものを飲ませるにはどうしたらいいか。危機感を煽り「明らかにダメだ」と思うような提案をすればいいのである。
だから最初に菅総理に「自宅療養に切り替える」と言わせて危機感を煽ろうとした。自宅療養になり医療から見捨てられては大変だと思う人がおそらく大勢いただろう。世論の沸騰が収まったところで「開業医でも新型コロナ対策ができるようにちょっと運用を工夫しますよ」と持ってゆきたかったのではないかと思う。
まず最悪な提案を出しておいて叩かれてみせる。そして「代替案を持ってきました」といって本当にやりたかったことを通そうとするというわけである。つまり彼らにとってこれは最初からゲームなのかもしれない。そしてそれは自分たちは叩かれる哀れな存在なのだという自己認識を基にした幾分悲しいゲームだ。
だが厚生労働省の思惑はあまりうまく行っていないように思える。霞が関・永田町では高等戦略なのかもしれないが国民は何が起こっているのかよくわからなかったのではないだろうか。国民はその場で損得を考えて単に騒ぐだけである。世論が動かなければ結局政治も動かない。
結局テレビの論調は「ぶらぶらしている開業も動員しろ」とか「大規模療養施設を作れ」という話になりつつある。
厚生労働省が新型コロナ対策を単なる政治ゲームだと考えているのは間違いがないと思う。政治が問題解決能力を失っているので、これはかなり危険な兆候である。
カクテル療法を効率的に行うためには軽症患者を簡易的な入院施設に集めて一斉に点滴を打たなければいけない。つまり国有地を潰して簡易入院施設を作るようなことに今すぐ着手する必要がある。だが今の厚生労働省にはそのような提案をする人はいないだろうし選挙を間近に控えた菅政権にもその意欲はないだろう。
厄介なのは厚生労働省を叩いてきたのは自民党だけではないという点である。民主党政権も行せ仕分けという手法で厚生労働省を悪役に仕立て上げてきた。つまり政権交代しても厚生労働省が心を入れ替えて新型コロナ対策に邁進してくれるということはなさそうだ。
因果応報という言葉があるが、新型コロナ対策が遅々として進まない理由は我々が長年熱狂してきた政治ゲームなのかもしれないと思う。被害者意識に満たされた組織は問題解決ではなく報復の方が優先順位が高いと考える。もしそうなら道は一つしかない。厚生労働省は解体されるべきである。