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多様性を重んじるチリの制憲議会の理想と現実

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チリで制憲議会が開かれることになった。マプチェの女性が民族旗を誇らしげに掲げている。記事を読んだ時には素晴らしい!と思った。日本の護憲派もむしろ積極的に理想の憲法について語り自分たちの憲法草案を作るべきなのではと考えて一連の記事を読み始めた。そして、期待はすぐに落胆に変わった。どうもその筋では記事は書けそうにない。

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チリは南米にある1750万人程度の中進国である。南米の中では比較的一人当たりのGDPが高いのだが先進国レベルではない。南米の中では比較的ヨーロッパ系の人達が多い。つまりボリビアのようにネイティブの多い国ではない。

1970年にマルクス主義者のアジェンデが大統領になった。世界初の選挙によって選ばれた社会主義政権だった。だが、ピノチェトによるクーデターで1973年に軍政に転換する。アメリカの支援があったと言われている。

ピノチェトはアメリカから新自由主義者の経済学者を大勢呼び経済の基礎を作らせた。その後経済が進展することはなかったがピノチェトは1990年まで大統領の地位にいた。アメリカの庇護のもと社会主義者の弾圧があったと言われている。今は中国の人権状況を非難しているアメリカ合衆国だが足元の中南米では人権弾圧を黙認している。

ピノチェト政権のもとでは経済は伸びなかったのだがその後左派と協力した政権が誕生しチリの経済は上向き始めた。チリの奇跡というWikipediaの項目を読むとシカゴ学派の新自由主義者たちはこれを自分たちの理想の具現化であると考えていたことがわかる。だがピノチェト政権で経済が伸びていないのだからおそらくこれは正しくないだろう。一方左派政権は憲法さえ変えられればもっといい国が作れると感じていたようだ。

2018年のバチェレ大統領までやや左寄りの流れは続いたのだが2018年選挙ではピノチェトの流れをくむピニェラ大統領が再選された。このころから右傾化とデモの弾圧などが始まったという。米中摩擦の結果資源価格が下落したことで経済が下降したことが影響しているようだ。つまりチリの好況をもたらしたのは中国の開発需要だったのである。

最終的に地下鉄の値上げをきっかけにデモが起きる。緊急事態宣言が出されたもののデモは鎮圧できなかった。大統領が地下鉄値上げを撤回してもデモは死者を出す騒ぎとなり「憲法改正」を約束した。ただし国会議員などが案を出すわけではなく市民にやり直しをさせるのだという。これが制憲議会だ。

1990年代には左派系の政権が続いたものの軍政時代に作られた憲法による制限もかかってきた。おそらく憲法は象徴的に「ピノチェト政権の残滓」とみなされてきたのだろう。かといってピノチェトの影響が残る国会議員も信頼できない。であれば市民が制憲議会を作って憲法を新しく作り直すべきだということになったようである。

チリは新自由主義の実験場だった。つまりアメリカ共和党が理想とする「政府ができるだけ経済に関与せず企業が自由に金儲けできる」という理想の元に作られた憲法である。時事通信は次のように表現する。

現行憲法は、国の役割を限定し、企業活動を奨励する。目を見張るチリの経済成長を実現した基盤になったと評価される一方、既得権層が肥え太り、貧富の差を固定させた元凶と非難される。教育も医療も年金も営利企業中心の社会は、貧困層には非常に厳しい。

チリ、軍政の憲法改正へ 制憲議会155議員選出

チリの新しい理想はあまり数が多いとは言えない少数民族枠をつくり男女を同数にするという工夫がされているそうである。だが実際には女性が過半数以上当選してしまい男性に席をゆずるという逆の現象が見られたそうだ。また中道右派は伸び悩んだという報道もあり左派的な傾向の強い制憲議会になりそうだ。無所属議員が65名(定員155名)選出されたという報道もある。

Quoraの回答を見ると「これでチリはベネズエラみたいになる」ということを言っている人がいた。政治や経済について知見がない人たちがあれこれ理想を語っているが財政的な裏打ちはないといっているのである。そしておそらくこの予想はある程度当たるのではないかと思う。

チリは新自由主義を採用したために南米の中では優等生と呼ばれている。だが格差はOECDの中で最大だ。財政が停滞するだろうと予測され制憲議会ができた時には株価が下落して通貨も売られた。

このことは日本の憲法改正議論を再点検する上で極めて需要な知見を与えてくれる。例えば憲法第9条の縛りをなくしても中国に対峙できる軍事強国は作れない。だが、憲法改正論者はあの第9条さえなければと言いたがる。そしてそれに反対する勢力を反日と言い続けている。自分たちは本当は中国を打ち負かすことができるのだが護憲論者に邪魔されていると考えたがるのだ。

一方で護憲派が言うように金持ち優遇を排して企業を攻撃し福祉を充実させても裏打ちがなければ経済に悪影響を与えるだけである。

結局は両者のバランスとをとって現実と折り合ってやってゆくしかないと言う当たり前の結論になる。いずれにせよチリは長年の新自由主義が破綻しかなりラディカルな方向に動き出した。実際にどんな憲法が作られるのかはこれからわかる。また、その憲法が経済にどんな影響を与えるのかがわかるのはおそらくもっと先だろう。

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