ざっくり解説 時々深掘り

日本人が自民党政権にしがみついているせいで、統治機構そのものが崩れ始めた

カテゴリー:

緊急事態宣言延長でもめているようだ。当初の予定では3月21日までで終わりにして「さあこれで乗り越えました、聖火リレーを始めましょう」という予定だったのだろう。だが、東京都などで感染者数が微増し始めた。産経新聞がなぜか「もう緊急事態宣言を延長しても打つ手がないから解除してしまいましょう」と言う声があったと伝えている。共産党は日曜討論でこの報道を引き合いに出し騒いでいた。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






緊急事態宣言には実質的な意味合いはないと言うことは知られていた。しかし象徴的な意味合いはあるだろうということでとりあえず我々は納得して来たのだった。だが今回の一件で緊急事態宣言をと感染者数には実際には相関があまりないと言うことがバレてしまいそうである。前回の結果オーライは神話になってしまうだろう。

NHKがグラフをまとめている。神奈川県は順調に推移しているようだが、埼玉県は上がっている。千葉も方向性が見えず「もしかしたら増えるのかもしれないなあ」というような数字だ。先行きは見えない。

産経新聞のこの「独自記事」は誰がどのような意図があって流したものなのだろうかと思う。あるいは集団の意図なのかもしれないが、あるいは誰かが勝手にやったことなのかもしれない。情報統制が難しくなっている。

とはいえ、政府や専門家の間では、現在の対策ではこれ以上の改善は見込めないとの見方が強い。関係閣僚の一人は「宣言はもう効かない。早く解除するしかない」と語る。厚生労働省に助言する専門家組織が11日に行った非公式の会合では、主要メンバーから「もう打つ手がない」との意見が出たという。

独自〉政府、21日で緊急事態宣言解除へ 1都3県

だいたい、読売新聞と産経新聞の「独自」はろくなものではないと言う気がするのだが「もう緊急事態宣言をやっても仕方がないから縛りの緩やかな蔓延(まんえん)防止等重点措置」に移行しようと言う世論を作りたいのかもしれない。なんとなく世耕さんの日曜討論での発言を聞いているとそんな印象だった。緊急事態宣言で面倒を見るのは嫌だが飲食の営業には制限をかけてGoToをやりつつオリンピックもやりたいという極めて無責任でその場限りの態度が見え隠れする。

もちろん、世論は政権が期待するような動きをしていない。毎日新聞は57%が延長に賛成だったと伝えている。わからないが14%しかいない。政府が緊急事態宣言解除を強行したとなれば、感染者数が増えたときに政権の支持率が落ちるだろう。かといって政府が力強いリーダーシップや強制力を働かせようにも緊急事態宣言には意味がなく「打つ手がない」ということになるとおそらく誰も従わなくなるだろう。すると当然感染者数は下げ止まるか下手をしたら上がり出してしまう。まさに悪循環である。

新型コロナウイルスは天然のウイルスなのだが菅政権が抱えるウイルスはそれだけではない。菅総理の長男が関わっているとみられる会食問題は燃え広がっている。東北新社は認可を取り消されるようだ。NTTにも飛び火している。NTTの再編に関わった事務次官候補は事実上更迭された。菅総理の広報官も辞任を余儀なくされた。

そればかりではなく、なぜか日本郵政と楽天の資本提携話が浮上して来た。NTTにとってはライバルが「国をバックにしたような」信任を得た。よく考えてみれば日本郵政が楽天に基地局を建ててやるわけだから、あれば日本郵政のものだ。無料のうちに楽天モバイルに契約して置いてよかったと個人的には思う。国がバックだという印象になれば無料で釣る必要もなくなる。

日本郵政は半官半民のどっちつかずの状態が続いている。政府の管理も受けつつ外に国会が管轄できない出城ができたことになる。総務省にそれを狙っている人がいたのか、あるいは総務省も知らない間に日本郵政が勝手にディールを決めたのかもよくわかっていない。

いずれにせよ、楽天は信頼を獲得し日本郵政は植民地を手に入れた。これは統治という意味では本当は危険なことなのかもしれない。

前回のコラムでは「楽天がお年寄りの信任を得るだろう」と言うことを書いたのだが、実際には政府が出資する二大会社(NTTと日本郵政)がどっちつかずの状態になりつつあるということでもある。うまく働けばいいとこどりができるのだろうが下手をすれば損は国に押し付け筒自分たちはうまい汁を吸うということができる。

この二つの全く異なる事象には共通点がある。政府の思惑で管理できないウイルス状のものが風まかせで広がってゆく。日本人は自民党政権には不信任を突きつけていない。だが日本政府のガバナンスが足元から崩れていっている。実は政権が崩壊するよりも政府が国を統治できなくなることの方が怖いことなのかもしれない。

窪田順生さんはいつもの調子で「第二次世界大戦末期の誰も責任を取らない調子である」というようなコラムを書いていた。日本郵政の話も荘園の誕生を思わせる。我々は意外と同じところをぐるぐると回っているのかもしれない。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで


Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です