ロシアが択捉島にミサイル防衛システムを配備したという。防衛システムということは日本が攻めてきたら防衛するということなのであろう。つまり北方領土を渡す意思はないということだ。さらに議会では領土割譲を画策したものは最大禁錮10年という法律改正も行われた。プーチン政権もロシア議会も日本に北方領土を渡す意図はないことがわかる。菅政権は平和条約を締結したいという方針を変えていないようので実質的には北方領土を手放したことになる。ただ敗戦を認められないのでそうはいわないだけである。敗戦宣言はないが日本の負けだ。その直接の原因を作ったのは安倍総理のレガシー作りである長門会談である。
識者の中からはあまり目立ったコメントは出ていない。だが、人員配備が進んでいないのでおそらく儀式的・象徴的な意味合いが強いのだろうと言われてるようである。国連にとってはいまだに敵国である日本が危険を冒すとはとても思えない上に米軍もロシア攻撃に巻き込まれるような行動を容認しないだろう。つまり実際にはほぼリスクはないのだから「象徴的に置いた」ということになる。
今回の動きは突発的なものであり事前予測はできなかったと見る向きもあろう。だが、実は2016年にすでに防衛システムが択捉・国後に置かれていたそうだ。この時も菅官房長官は「プーチン大統領の訪日準備にも日露間交渉にも影響は出ない」と言っていたようである。スプートニクが伝えている。
この時は安倍総理が歴史に名前を刻みたいばかりに長門会談という名前をつけてプーチン大統領を招く直前だった。確かに安倍総理は故郷に名前を刻むことはできただろう。だがプーチン大統領は「総理大臣が大切にしている会談の前なら無茶な要求も飲むだろう」と足元を見ていたことになる。日本側は名誉を取りプーチン大統領は外交カードを手に入れたことになる。ロシアと安倍総理個人には良い取引だった。
総理大臣の利益であったかもしれないのだが国益を損なう行為だったとも言えるだろう。実際に北方領土は帰って来る見込みなどなかったのだから別にいいではないかとは言えるかもしれないが少なくとも旧北方領土住民の期待は裏切ったことにはなる。
安倍政権・菅政権は個人的な政治のレガシー作りのために国後・択捉の実効支配を認めてきた。今回の一連の行動を追認することによりその時と状況は変わっていないという立場を沈黙のうちに伝えることになるだろう。党内基盤が弱く自分で外交方針を作れない菅総理は好むと好まざるに関わらずこの状況を追認せざるを得ない。
ただし国際情勢は2016年から悪い方向にシフトしている。日露関係は相変わらずだが米中関係が冷え込んでいる。
大枠で見るとこの問題はアメリカ対ロシア・中国擬似同盟の中に位置付けられるようだ。2019年のNHKの解説記事が見つかった。「中ロは同盟的関係にあり、ロシアは中国にミサイルに対する早期警戒システムを供与する」と言っていたそうだ。択捉もまた「中国に対してシステムを提供されるかもれしれない」ということになるだろう。日本に基地権益を持つアメリカはアングロサクソンを通じて中国と対決する姿勢を見せている。
先日香港問題に介入し続けるファイブアイズに対して「中国の内政に鑑賞し続けるなら失明に気をつけろ」という過激なやり取りがあった。どうやら中華人民共和国側は香港を通じてアングロサクソン側が体制崩壊を画策しているという被害者意識を持っているようだ。オーストラリアと中国の間にも過激な非難合戦が繰り広げられてる。実際に中身のある話ではないが対立が子供じみた感情的議論になっているというのがいかにも危険だ。もはやお互いに関係改善しようという雰囲気ではなくなっている。日本と米軍の情報網は一体化しつつあるのだから日本の米軍もその文脈で理解されているはずだ。つまり日本の政治的意思とは関係なく中国はアメリカを通じて日本を理解する。米中関係が悪化すれば周辺事態は緊張する。それが仮に中国の被害妄想であったとしてもである。
クリミア半島問題を通じてヨーロッパと対決しているロシアにとってこれは利用できるカードだろう。本気で中国と手を結ぶつもりはないにしてもこの緊張関係は使える。おそらく日本側が善意を尽くしても(あるいは圧力をかけても)あまり大きな意味はないのかもしれない。日本側が喉から手が出るほど欲しがっている北方領土を渡さずに中国に提供してあげるというのは「もっと大きく使えるカード」だろう。
日本は意思決定せずにオーストラリアとの準同盟関係を拡大する道を選んだ。おそらくアングロサクソン側が日本を本気で同盟に迎えることはないだろうが「使えるものは使おう」とするはずである。こうして何もしないことを選んだつもりの菅政権は安倍政権が引いた路線に引き摺られ国際的な対立の枠組みの中に位置付けられてしまっている。
その意味では今回の北方領土の話は実は国後・択捉だけの問題でもなさそうであるが万事黒塗りの菅政権がこれを国民に公表することはあるまい。おそらく我々は結果だけを知らされることになる。