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レバノンで硝酸アンモニウムが内閣を吹き飛ばした話

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最近、このブログでは集団主義と個人主義という観点から政治を見ている。先日は中国は集団主義的な価値体系に閉じ込められるだろうというようなことを書いた。今回はまた別の国が出てくる、それがレバノンだ。小さな国だが宗派ごとの塊に分かれている。

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レバノンでは最近立て続けにいろいろなことが起きている。まずは政府に対する抗議運動が起きて首相が退陣した。それを引き継いだのは大学教授出身の首相だった。非政治家系の人が中継ぎで登板するというのはよくあることである。この首相は3月にデフォルトを宣言した。そして8月になり硝酸アンモニウムによる爆破が起きて港が吹き飛んだ。30万人が家を失ったのではないかと言われたそうである。港が破壊されると小麦を輸入に頼っているレバノンでは食用の小麦が入ってこなくなるそうだ。結束して危機に立ち向かうのかと思われたのだがそうではなかった。古い体質を批判して内閣が総辞職してしまったのである。

レバノンは人口が700万人に満たないアラブの中進国である。つまりそれほど貧しい国ではなかった。だが、現在は破綻寸前だ。

この国の難しさはその宗教構成にある。十字軍の時にカトリック教会と接触しカトリックと教義が同じというマロン派が多く暮らしている。アラブ世界では例外的なキリスト教社会がある。さらにドゥールーズ派というイスラム教の一派もいるそうだ。

このため、レバノンでは政治の三権を宗教勢力が分け合っていたという。「モザイク国家レバノンが生み出した奇妙な政治制度の背景にあるもの」という2014年の記事には「大統領はキリスト教マロン派、首相はスンニ派、国会議長はシーア派に国家の首脳ポストが割り当てられている」と書かれている。政治的に一枚岩になれないという事情がありおそらく外国の介入も招きやすい。記事を読むと「過激派と呼ばれる人たちが政権に参画していて国際社会からの支援がえらえなかった」という記述もある。イラン革命防衛隊と近いとされるヒズボラが政権参加しているそうだ。

内閣が政治体制を批判するのは、彼らが結局のところレバノン全体を代表していないからなのだろう。

レバノンは山に囲まれていて少数派が逃げ込みやすい。オスマン帝国もこの地には手が出せず少数派が生き残ったようだ。さらにフランスに占領されたことでカトリックに近いマロン派が影響力を増したのだろう。山がちなのだがヨーロッパからエジプトに抜ける通路にもなっている。もともとモザイク化しやすい条件が整っている。

この仕組みは「派閥の共同体」である自民党に似ている。日経新聞がこう書いている。

18の宗派が共存するため議席や政治ポストなどを分け合う仕組みを取り入れると、各派閥が抱える公的部門が肥大化し、財政赤字も拡大した。

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こうした利益集団による囲い込みはどこの国にも存在する。

  • アメリカでは政党ごとの人種獲得キャンペーンがあり、民主党は最終的に中堅白人を代表するバイデン候補と有色人種(ジャマイカとインドだそうだ)のハリス候補の組み合わせになった。アメリカにも実は人種ごとの分裂の可能性がある。これを防いでいるのが「憲法」という理念である。トランプ大統領は白人の支援を得ようと議会を無視した大統領令を出したが憲法の制約により違憲判断が出るのではないかとされている。
  • 中国は内側では共産党の平和を維持しており成長ができている。だが、その外の世界と価値観がおり合わせられない。その秩序は非言語的なので修正や共有ができない。
  • レバノンは外国の影響を受けつつ利益集団が折り合わないためにバラマキが起こり、最終的に財政が破綻した。

では日本はどうなるのかという話になる。

  • まず民族的にはほぼ単一民族なので意思の疎通には問題はあまり起こらない。成長ができていた時には貯蓄奨励運動もあり国内資産で戦後復興を推進することができていた。対外的には外の社会に親和的であり受け入れ国のニーズに学びながら経済的な浸透が出来た。
  • ただ、社会が不安を抱えると社会を信頼できなくなる。近年では憲法の理念は無視される傾向にある。そうなると集団が自己防衛のために資源の抱え込みを行う。集団も作れなければ個人で資源の囲い込みを行う。
  • 目立った宗教集団や人種集団がないので不安は内面化して社会の崩壊にはつながらない。

近代国家というのは人工的な集団なのだが、その前提には「自分たちが所属する集団への帰属をつき破った国」だけが近代国家に移行できるという前提がある。ただそれは永遠のものではなく時には先祖返りを起こす。その意味では日本の現状もアメリカの将来もありふれたものなのかもしれない。

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