先日来、日本をめぐる安全保障環境の変化を見ている。中国の台頭・アメリカの退潮・朝鮮民主主義人民共和国の核兵器・オーストラリアの軍備増強などを見た。もう一つの変化がある。それがロシアの憲法改正である。領土割譲の禁止が盛り込まれ「北方領土交渉は難しくなった」という見立てが踊った。だが、本当にそうなんだろうか。背景に見えてくるのはロシア側の恐れである。背景に感情があるので合理的な解決は難しいし、恫喝を加えれば相手はかたくなになるはずだ。
まず、ニュースを調べていて、そもそも領土割譲禁止条項は後になって憲法改正案に入ったことを知った。その時に「将来の国境画定作業はこれに含まれない」という条文が入ったということも伝えられている。プーチン大統領が入れたようだ。
この時の経緯も日本語で読むことができる。単にニュースとしてまとまっていないだけなのである。気になるニュースがあったら関連記事を検索したほうがいい。
作業部会メンバーである俳優のウラジーミル・マシコフ氏は、2024年に任期満了となるプーチン氏が退任すれば、北方領土やロシアが併合したウクライナ南部クリミア半島、第2次大戦後にドイツから編入したカリーニングラードに関して他国からの領土要求が強まる可能性があるとの見解を表明。新憲法には領土割譲の禁止に加え、領土交渉自体を禁ずることも盛り込むべきだと主張した。
「領土割譲禁止」明記を検討 改憲めぐりロシア大統領
AFPも同じようなことを書いている。
また追加案にはロシア領の割譲禁止が盛り込まれ、割譲を促すいかなる呼び掛けも違法とされる。ロシア大統領府が任命した改憲作業部会のメンバーで俳優のウラジーミル・マシコフ(Vladimir Mashkov)氏はこの案について、2014年にウクライナから併合したクリミア(Crimea)半島や、数十年にわたり日本と争っているクリール諸島(Kuril Islands、北方領土を含む千島列島)をロシアが保持することを、プーチン氏の退任後も保証するものだとの見解を示した。
プーチン氏、改憲追加案提出 信仰や結婚、領土割譲禁止に言及
「ロシア人は北方領土が議論の対象になっているということを知っているのだ」と驚いた。日本人にすら「北にあるちょっとした領土」としか思われていないのだから広大な領土を持つロシア人は「たいした島だと思っていないのでは」と考えていたので意外だった。
プーチン大統領の改憲提案に追加する形でよりナショナリスティックな(つまり右派色が強い)提案がいくつか入ったという経緯のようだ。背景にあるのはポストプーチンへのロシア人の不安だ。3月の記事をみると「ロシアのロシア性」が問題になっていることがわかる。アメリカのトランプ大統領支持者のメンタリティに似ている。国際的な構造が崩れるポストグローバル化でマジョリティが抱える不安である。
ロシアのプーチン大統領が主導する憲法改正案の全容が3日、明らかになった。領土割譲を禁じる条文に加え、同性婚への反対や信仰への言及など保守的な内容が多く盛り込まれた。プーチン氏は2024年の大統領退任後も権力を維持する「院政」を目指しているといわれる。当面は4月22日の全国投票で改憲案への賛意を固め、体制移行を円滑に進める狙いだ。
ロシア改憲案の全容判明 保守派取り込み、「院政」準備
加えてロシア人はソ連崩壊を目の当たりにしている。プーチン大統領はソ連崩壊後のロシアの誇りを守ったという象徴になっているのだろう。憲法改正には「ロシアという国のプーチン依存」の表れであり、強さの裏には怯えがあるのだ。
最終的に改憲は賛成が77.92%で画定した。BBCによると手続き上は上下両院で承認されれば良いということになっていたようで「念のために国民投票をした」という形だそうである。しかもそのためにアパートの部屋や車などを景品として準備したという記述もあった。プーチン側はロシア国民全体の意向であると演出したかったのだろう。。
もちろん日本にも安倍総理大臣を支援するネトウヨという人たちがいる。彼らは個人的な不安感を国の将来に投影してしまうかわいそうな人たちである。だがこれが社会全体に広がることはない。
周囲を海に区切られた島国である上に皇室をいただいているので「日本というのは今までもあってこれからも続くんじゃないのか?」という根拠のない漠然とした自信を持っている人が多い。GHQ占領期に国体(日本の日本人性)継続に危機感を持った人はいただろうが、金森徳次郎の「周囲が変わっても川を流れる水は変わらない」という漠然とした説明で納得してしまえる程度のことだった。
ソ連崩壊を目の当たりにしたロシア人のメンタリティはなかなか理解が難しい。国が崩壊してそれまでの共産主義身分制度が崩れ多くの民族がロシアから離反した。永遠に続くはずの国家や社会秩序が短い間に瓦解してしまうという経験を日本人は実はしていないのだ。
共和制国家というのはもともとそういうものなのである。つまり純粋な共和制国家には明日の保証がない。これが独裁や力強いリーダーへの渇望となって現れるということを日本人は理解しなければならない。一方、日本の内政を省みる時には強烈な危機感のない状態で強いリーダーシップを求める人がいないということも知っておくべきかもしれない。日本人の中国機日にはここまでの強烈さはない。
ただ、プーチン大統領は憲法によって外交カードが削られることを恐れたのだろう。領土交渉はできるという例外規定を提案した。日本との領土は画定していないという認識なのだから「日本と交渉すればまだまだ利益を得ることができる」と考えたのかもしれない。リーダーとしてのしたたかさがうかがえる。
日本はまだ「おいしいカモ」として狙われていることになる。ただ、日本の記事でこういうドライな書き方をしているところはなかった。おそらく東京の記者たちは北方領土やロシアについて本当はそれほど関心がないのだろう。