ざっくり解説 時々深掘り

鶏肉から学ぶデフレが進行するミクロ的な仕組み

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お金はないが毎日を面白くしたいので新しい趣味を見つけた。腹筋を割るのである。年齢がいっているからムリだろうと思ったのだが、縦に線が入り上の4つがうっすらとわかるようになってきた。体脂肪率20%近辺だとこんなものなのだそうだ。それ以上にしようとすると体脂肪率をもっと下げる必要があるらしいのだが、これから寒くなるので暖かくなってからまた考えようかと思っている。

とはいえ、やることはあまり多くない。1日30分未満で腹筋運動をして、あとは食生活を変えた。昔だったらプロテインを買ってきたと思うのだが、今回は鶏肉とさつまいもを主に食べている。

すると毎日買い物に行って単純なものだけを買うことになる。近所のスーパーにはもともと地元のチェーン店が入っていたのだが数年前に撤退した。代わりに入ったのはイオン系の格安スーパーだ。人件費を減らしPBを増やして価格を抑えるという作戦の店である。

ところが、一人だけいる男性店員が変わった時から、品揃えに変化があった。30円のソーダがバックヤードに下げられて「ありますか」と言われると出てくるようになった。密売品を買っているような気分になる。多分、格安ソーダばかりが売れるのだろう。だが、品物がなくなったわけではないので隠しているのだと思う。女性店員たいは一緒に働いているが、この男性だけは一人で働いているので、仕入れ担当者か店長なのかもしれない。本部から彼に「収益を上げろという指示が出ているだろう」と勝手に思っている。

鶏肉にも異変があった。店にはパックされた鶏肉が並んでいる。トレーがないので小分けで買えるう上に若干お得なのだ。胸肉が68円、ささみが少し高く、一番高いのは胸肉である。同じ大きさだと胸肉が180円から230円くらい買えるのに、胸肉はどうしても300円以上になる。ということで結果的にいつも胸肉は余っている。

ある時から200円以下の胸肉が手に入れにくくなった。単価は変わらないので大きな胸肉を仕入れているようである。しかしそれでももも肉は余っている。そこでついに胸肉が品薄になる日が増えた。仕入れは8時ごろだそうだが、時間をずらして行っても買えない。そしてついに全くなくなってしう日も出てきた。

こうすればもも肉を買うだろうと仕入れの担当者は思ったのではないかと思う。

が、そこで新しいものを見つけてしまった。それは鳥ミンチである。鳥ミンチは小分けパックになっていて量が若干少ないが安く食べられる。最初は炊飯器調理が面倒だと思ったのだが(胸肉はそのまま炊飯器に入れれば調理できるのだ)トレーの上で片栗粉、ハーブ、塩、ニンニクを入れた上で混ぜてスプーンでお湯に投下すると却って味にバリエーションがつけられることがわかった。というかこっちの方が美味しい。つまり、高いものに誘導しようとした店の目論見ははずれ、もっと安いものに誘導されてしまったことになる。

今回は一人で料理を発明したわけだが、実際のデフレ生活では荻原博子が「デフレ対応メニュー」を推奨したり、ページビューを稼ぎたいネットメディアがデフレメニューを掲載したりする。情報が増えると、例えばインテリアなどでも100円均一で買い物をしたほうがお得だということになる。そういう人が増えると100均のほうがおしゃれだということになり、インスタ映えするようになる。こうしてネットワーク経由でお得=デフレが進行してゆく。それを仕入れ担当者の浅知恵だけでひっくり返すことはできない。

鶏肉に戻って「なぜこんなことになったのか」を考えた。お金がもったいないという事情はあるのだが、結局のところ小分けで買い物をしているからだろうと思う。総枠10,000円で買っていた時には、鶏肉が200円だろうが300円だろうがそれほど違うように思えない。そもそも小分けで少量買えてしまう上に節約志向があるので、小さかった差が大きく見えてしまうのである。

すでに見たように、このスーパーは格安のバーリアルなども目玉になっている。バーリアルを国内メーカーが作ると「これで十分だ」という声が広がる。多分、ビールは相当打撃を受けるのではないかと思う。いったん「安い方向に」弾みがつくとそれがメーカーまで動かしてデフレ方向に最適化が進むということがわかる。そしてちょっと高いものは売れなくなり余剰在庫化してしまうのである。

以前社会主義の失敗を見た時にペレストロイカ下のソ連では高価格製品帯を作ろうとしたためにインフレが進行したという話を書いた。だがちょっとわからなかったこともある。つまりソ連は給料を政策的にあげることができたのに(お金は印刷して配るだけで良かった)なぜ人々は高いものを買わなかったのかという問題である。長年の耐久生活に人々が慣れてしまっていたからなのかもしれない。これは一企業の力ではどうにも変えられないし、政府が一つひとつの政策でマインドを変化させることもできない。総合的なメッセージが重要だったはずだが政府にはそれほど信用はなかったのではないか。

そもそも、安倍内閣はお金に困ったこともない人たちとパソコンを触ったことがない人が運営しており、政府への口利きの100万円も高くないと言ったと噂される人さえいる。麻生財務大臣はインスタントラーメンの値段が答えられなかったということで有名な人だ。ちなみに当時は170円くらいのものを400円と答えたという記事が残っている(中央日報)が、今の170円ラーメンはコンビニ価格で割高だと思う。金銭感覚が全く違っている上に、嘘やごまかしが多くあまり信頼することはできない。

もちろんペレストロイカ当時のソ連と現代の日本は違っており、結果もインフレとデフレという違いがあるのだが、似ているところがあるのではないかと思った。政府が信頼できなくなっても人々は抵抗しない。単にその状況に慣れて部分最適の行動を取り始めるのだ。

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