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ケーキとイノベーション

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最近、ケーキを焼いている。理由は二つある。そもそも「ホールケーキを食べる」というのが贅沢だという印象がある。これが100円均一の安いシリコンの型でできてしまう。もう一つは、そもそもいろいろな材料を混ぜるのが楽しいのだ。

難しく思えるケーキ作りだが、実際にはそれほど難しくはなく、かつ奥が深い。一回の所要時間は、だいたい30分から1時間くらいで、材料は卵と小麦粉などである。100円ショップで売っているシリコン型を使えば洗い物の手間もないし、バターを塗る手間もない。

最初は全く膨らまなかったのだが、原因はメレンゲである。だが、或る日突然できるようになり、ケーキが膨らまないということはなくなった。ではそこで終わるかというと成分や割合を変えることで出来上がりに差が出る。これが面白い。だんだん、何がどういう役割を果たしているのかがわかってくるからである。

例えばバターはコクを生み出している。これをサラダ油に変えるとコクがないケーキができるのだが、コクがないからといって失敗というわけではない。メレンゲ(メレンゲは卵の白身を泡立てたものである)の立て方がうまく行かないとケーキが膨らまないのだが、ベーキングパウダーを入れるとこれを補うことができる。しかしベーキングパウダーをたくさん入れすぎると今度は雑味が出る。小麦粉のふるい方が足らないと当然ぼそぼそとした感じになる。小麦粉をたくさん入れると卵の水分だけでは足りなくなるのだが、これは牛乳などで補うこともできる。砂糖を減らすとカロリーを抑えられるが粉砂糖を周りにかけたりすると全く甘くないように感じてしまう。

もちろん、市販のレシピ通りにやるとうまく行くのだろうが、当然市販のレシピ通りにしかならない。失敗してみることで(もちろんわざと失敗しているわけではないのだが……)何がどの役に立っているのかということがわかる。すると、例えば卵の数を少なくしてみようとかとか、砂糖を加減してみようということができるようになる。本来は卵1個で砂糖と小麦粉が30gづつというのが標準的なレシピなのだが、これを牛乳に変えると卵を節約できたりするのである。

ケーキは材料が少ないので、これが簡単にわかるようになる。できればケーキだけ作っていたいと思うのだが、そういうわけには行かない。本当は条件を変えていろいろとやってみたいと思う。ここでしみじみ思うのは、研究というのは本来こういうもので「何かの役に立ちたい」というようなものではないということだ。単に、体系としての知識がたまってゆき、いろいろできるようになる過程が面白いのである。

プロには失敗と思えるものが大ヒットにつながることもある。軽くてクセのないシフォンケーキはバターをサラダオイルに変えて作られているが、そのレシピは当初秘密だった。実際にはコクがなく美味しくないはずのケーキをみんな好んで食べていたわけである。これを作ったのはプロの料理人ではなく保険の営業の人だった。

ここからわかるのは「シロウト」の方が試行錯誤には向いているかもしれないということである。ケーキ作りにおいて、女子は「手っ取り早く女子力を見せたい」とか「インスタ映えしたい」と考えるので、ケーキ作り研究には向いていないだろう。彼女たちにはプレッシャーがあり、混ぜ方を変えて失敗してみようなどとは思わないからである。同じように男子力が試されるような作業では全く反対のことが言えるだろう。ノコギリで木を切るときに「曲がったから味があってカワイイ」などとは思わないわけである。

最近、学術研究者の環境が悪くなっている。終身のポジションが減っており、さらに事務処理の負担も増えているという。「没頭していたい」という欲求を持った人たちが、心配事を抱えたり、雑事に振り回されるのは本当にかわいそうだなと思う。知識がない方が試行錯誤に向いているのだから、若い研究者ほど没頭できる環境にいた方がよいのに、実際にはポジションを維持して生活に十分なお金を得るだけで疲弊してしまう。

もちろん「没頭する人」だけがいてもイノベーションが盛んになるわけではない。日本に足りなかったのはこうした「没頭したい人たち」が蓄えた知識を体系化したりマネタイズしたりするプロデュース機能の不足なのではないかと思う。

つまり、研究には「没頭する人」とか「何の役に立つのかを考える人」とか「知識をたくさん持っている人」などの役割分担が必要だということになる。国力が衰退するというのは、こうしたイノベーションのインフラが維持できなくなるということを意味するのだろう。こうしたチームの重要性は自ら証明してみせる必要はなくイノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材などを読めばいやというほど痛感できる。

現在の日本では、何が研究成果を作り出すのかがわからなくなっている。そこで、NHKがニュースで「今年はノーベル賞が取れなかったのは留学が少ないそうだ」などとわけのわからない慌て方をしている。かつて製造業大国であった頃の面影はもはやどこにもない。

NHKのニュースによると中国は国費を出したりして研究者を積極的にアメリカに送り出しているそうだが、日本では日本のキャリアから外れる覚悟をしないとアメリカには行けず、アメリカに行くと本当に日本には戻れないということが多いのだそうである。

「女子はケーキ作りの研究には向いていない」と買いたのだが、実際には卵一個でケーキを作ろうという本は出ている。基本を覚えるといろいろとできるのでケーキ作りの幅が広がりますよというのである。こういう本が出ているということは「基本からみっちりと勉強したい」という人がいるのだろう。面白いと思う人は面白いだろうし、何これ?という人には全く響かないかもしれない。レシピそのものはクックパッドと楽天で嫌になる程たくさん見ることができる。

なお、このTwitterでつぶやいたところ「大学生の夜食みたいだ」というご指摘をいただいた。他人にはあまり言わない方がいいみたいだが、今度は混ぜ方について研究してみたい。混ぜ方によって出来上がりに違いができるとのことである。

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Comments

“ケーキとイノベーション” への2件のフィードバック

  1. M.MATSUBAのアバター

    留学者数とイノベーションやノーベル賞との因果関係は眉唾ではありますが、広く世界を見てきた人間を受け入れる素地が現代日本から失われているのは事実で、それは日本全体の知見を狭めるものであると思います。
    それにしても、あらゆる意味で本当に余裕のない世知辛いご時世になりましたね。
    何事かに没頭し知識や技術を蓄えていくというのは、人生でもトップクラスの快感の一つなのにそれができる環境が失われている現状こそが、現代社会最大の問題かもしれませんね。

    1. コメントありがとうございました。余裕がない上に、今すぐ成果が出る研究しかさせないみたいな政府の方針らしいので、ちょっと悲しくなってしまいますね。