先日の疑問を抱えたままで「Gゼロ」後の世界―主導国なき時代の勝者はだれかを読んだ。疑問点はだいたいこんな感じだ。
- 日本はこのままアメリカについていって良いのか。もしよいとすればそれは何なのか。
- 北朝鮮はなぜ核兵器開発に成功しつつあるのか。
- アメリカがイランにこだわるのはなぜか。
イアン・ブレマーの「Gゼロ」とは覇権国家がない世界のことである。覇権国家は軍事的に他国を制圧する国ではなく「平和」のインフラを提供する国のことだ。平和を提供するためには軍事力が必要なのだが、軍事力を支えるためには経済力がなければならない。
冷戦構造が崩壊した当時にはアメリカ一強の世界ができると思われた。しかし実際には、アメリカは覇権国家から転落しつつある。財政的にインフラが支えられないのである。アメリカ人は国内の安全保障や福祉などを優先するか、外国のために軍隊を維持するかの選択を迫られている。
中国が取って代わるのではないかという期待や不安もあるのだがそれもすぐには実現しそうにない。中国は経済大国になったが人口が多すぎるので一人あたりのGDPはまだ低いままである。
覇権国家は軍事的に世界を制圧するだけではなく「平和を維持するためのインフラ」を提供しなければならない。アメリカ一国でこうしたインフラを提供することはできなくなっており、国民も覇権国としての役割を担うことに否定的である。かといって同盟国もこれに取って代わる意欲はない。地域の安定は重要だが、それが世界レベルとなると二の足を踏んでしまう。
これにとって代わるかもしれないと期待されたのがG20である。だが、G20は今の所機能していないというのがイアン・ブレマーの見立てである。G7時代には先進国が集まって世界的な問題に対処していた。この7カ国は民主主義や交易の促進という基本的な価値観を共有しており、問題解決に注力することができた。しかしG20の時代に入るとこうした基本的なコンセンサスがないので、つまでたっても話がまとまらない。いずれの国もどうしたら自分たちの国益が追求できるかということだけを考えており、世界をまとめようという気持ちにはならないようである。
世界がこのような混沌とした時代をそのまま受け入れるとは考えにくいので、いくつかのシナリオに従って新しい秩序が作られるだろうとイアン・ブレマーは考えている。それは次の通りであるが、可能性の順列組み合わせであり、どれが起こるかはわからない。
- アメリカと中国の二強体制が作られる。G2が実質的に全てを決めることになる。
- アメリカと中国が新しい冷戦構造を作る。
- G20のような協調体制が機能するようになる。
- 地域ごとに分裂した体制が作られる。
しかしながら、そのうちどれがメインのシナリオになるかはわからず、さらには主権国家体制が崩壊するような「Gマイナス社会」が作られる可能性すらある。
Gゼロという概念が提唱されたのは2011年で、この本はその続編にあたる。2012年にはオバマ政権ができていたが、日本では民主党政権の最末期にあたる。イアン・ブレマーは日本の政治は長期的な機能不全に陥っていると書いているのだが、小泉政権以降、安倍・福田・麻生・鳩山・菅・野田と首相が1年ごとに変わっていた時代である。従ってこの本には安倍政権の評価は出てこない。
オバマ政権はそれでも世界の警察官の役割を意識していたが、トランプ政権は本格的にそこから降りてしまった。ビジネスによる圧力と戦争とを区別しておらず、実際に不用意な発言から中東では抗議運動が起きて死者も出ている。大統領の地元でも自爆テロ騒ぎが起きており死者こそ出なかったもののけが人が出ている。「実行力はなくポーズだけだった」という見立てが有力なのだが、それでも大騒ぎになる。アメリカが世界平和の調停役になれる時代は終わったのである。一方、日本では長期政権が作られ「決められない政治」からの脱却は進んでいる。少なくともアメリカからみれば久々の「決められる(決めてくれる)」政権の誕生である。しかし、国民は内向きで地域の覇権国になることにすら抵抗がある人たちが多い。専守防衛だけを行うように憲法を厳格化するべきだという主張さえ出てきている。
この中にはイランと北朝鮮の話が出てくる。
イランの核兵器開発に抵抗しているのは中東唯一の核保有国であるイスラエルの(イスラエルは核保有を公表していない)ようである。スタックスネットというコンピュータウィルスの話が出てくる。アメリカとイスラエルはコンピュータウィルスを使ってイランの核兵器開発を阻止しようとしたが、流出して大騒ぎになったのである。アメリカとイスラエルは特に親密な関係にあり、ほかの同盟国とは違った関係にある。アメリカ国内には多くのユダヤ人がおり選挙結果に大きな影響があるからだ。つまり、アメリカがイランにかかりきりになれば北朝鮮のような東洋の辺境の国は「どうでもよくなる」可能性が高い。
こうした混沌とした世界で生き残るためには、特定の構造に依存せず、かといって孤立もしないという戦略を取るのが好ましいとイアンブレマーは考えている。
イランの場合にはアメリカとの関係は悪くなっているが、新興国の中にはイランの天然資源に期待している国がある。このため国際的な封じ込めはうまく機能しなかった。一方で、北朝鮮も影で協力している国があるようで、中国の影響力も限定的になってきている。つまり、覇権国がなくなった結果として、意欲のある国が覇権国に挑戦しやすくなっている。核保有五大国の既得権はなくなっていると考えたほうがよい。
イランや北朝鮮ほどではないにしても、ある特定の大国の支配から逃れて多極的な協力体制を作れる「ピボット国家」が成功を収める可能性が高いとイアン・ブレマーは考えている。その裏返しとして、世界的な圧力や一国との関係にしがみつく国は「負け組」になるだろうという。負け組の代表例として出てくるのが、日本とイスラエルである。アメリカの影響力が強すぎるのである。特に日本は中国の脅威をほのめかしつつアメリカとの関係を強調することで国内の指示を得るという政治手法がすっかり定着しきっている。
このGゼロの概念が出てきてからしばらく経った。
今の所、日本人がアメリカとの同盟関係に疑問を持つというようなことは起こっていない。それどころかアメリカへのしがみつき行動すら見られる。もちろんアメリカと断行する必要はないのだが、少なくともイアン・ブレマーの見立てによると多層的な国際協調体制を作ったほうが、Gゼロ世界では成功しやすいはずである。
なお、イアン・ブレマーはTwitterもやっている。時々世界情勢を60秒で語るというイベントをやったり、今週の荒らしを表彰したりとなかなか面白いアカウントになっている。