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内部留保が蓄積しているのに給料が上がらないのはどうしてなのか

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内部留保が蓄積しているらしいというニュースを見た。各社とも同じことしか書いていないのだが、朝日新聞から抜粋する。

財務省は1日、2016年度の法人企業統計を公表した。企業が得た利益から株主への配当などを差し引いた利益剰余金(金融業、保険業を除く)は前年度よりも約28兆円多い406兆2348億円と、過去最高を更新した。

これだけでは何のことだかさっぱりわからない。新聞社は大本営のコピペをやめて自ら追加取材すべきだと思った。が、そんなつもりはなさそうである。Twitter上では企業は設けているのに人件費が上がらないのはおかしいという声や「これでも法人税減税に走るのか」という非難の声が溢れていた。めずらしく読売新聞と同じ意見である。法人の姿勢を非難している。

好調な業績にもかかわらず、将来の景気への不安などから賃上げや設備投資をためらい、内部に利益をため込む日本企業の姿が浮き彫りになった。

だが、法人を非難しても状況は変わらない。読売新聞は大企業が内部留保の半分ほどを持っていると言っているが、裏返せば中小企業も内部留保を溜め込んでいることになる。つまりみんなで儲けを蓄積しているのである。

各社ともこんな調子で、これだけではさっぱりわからない。そこで経済紙を検索してみた。ロイターは設備投資が落ち込んでいると伝えているが、例外がある。

本来であれば、人手不足が深刻化しつつある現状で省力化投資が勢いづくはずだが、「最近報道されるように省力化投資は盛んかも知れないが、企業は他の投資を削り、全体として投資規模を拡大していない可能性が高い」(SMBC日興証券・チーフマーケットエコノミスト・丸山義正氏)との見方もある。

つまり、企業は将来の人手不足を予想して省力化への投資は行っている。しかし賃金をあげるつもりはなく、他の投資も増やすつもりはないらしい。総額としての設備投資は増えていないということだ。ここから企業は「今儲かっているのはたまたまでまたすぐに悪くなる」という悲観的な予測をしているのである。一般紙もここまでまとめて書いてくれれば調べる手間が省けるのにと思う。

ブルームバーグは分析を諦めたのか「アニマルスピリット」がないというエコノミストの発言を紹介している。しかし、アニマルスピリットがなぜ失われたのかとかどうしたらよみがえるかという分析はないので記事としては居酒屋談義2近く、全く意味がない。

SMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミストは発表後のリポートで、設備投資は盛り上がりを欠いており、状況は「業績との対比において最も鮮明」だと指摘。成長を求める企業のアニマルスピリットの顕在化は「人的投資のみならず、資本投資の分野でも確認できない」と分析した。

統計だけでは何が起こっているのかはわからない。調べれば他にも出てくるかもしれないが、建設業が投資を控える理由を取材した記事があった。東洋経済は大林組を取材しており、文章の最後は次のように結ばれる。

空前の建設ラッシュで絶好調の業績が続くゼネコン。いつか再来しかねない冬の時代に備えて内部留保を蓄えながら、安定的に稼ぎ続けられる事業の構築を急ぐ時期にさしかかっている。

つまり、企業は「とりあえず今は表向きは景気がよくなっているが、こんなものは一時的なものだという認識がある。景気が悪くなっても金融機関も政府も助けてくれないので、今の内に蓄えておこう」と考えていることになる。Twitter上ではよく「アベノミクスは失敗した」などという怨嗟の声が渦巻いているのだが、実は声高に叫ぶことにはあまり意味がない。実は経営者はそもそも最初からアベノミクスなど信頼していないからだ。だから「せいぜい今の内に蓄えておこう」と考えるわけである。経営者は終末感にとらわれているのだ。

この終末感は呪いになっている。内部留保を労働賃金に還流させれば景気はよくなるはずなのだが、「自分のところだけがやっても無意味だろう」と考えているようだ。すると消費者にお金が回らないのでますます足元が苦しくなってゆく。

このところ、政治と有権者の関係で「自分だけが努力しても報われない」と考えて、全体として「誰かがなんとかしてくれるだろう」という集団思考に走る様子を分析してきたのだが、経営でも同じことが起きているようだ。景気が上向かないのは企業が収益を放出しないからだが「誰かが放出して景気が上向く」までみんなで待っているのだ。

こうした一連の流れを見ると、今必要なのは社会が信用と自信を取り戻すことだとわかる。そのために政治がやらなければならないことは大きい。

今回調べてわかったのは、新聞社ももはや意欲を失っているという点だった。そもそも内部留保が何を意味していて、それがどうして溜め込まれるのかということを調べて書くつもりは全くないらしい。財務省がこうした数字を出す裏には法人税減税への抵抗感があるものと思われるのだが、単にその数字を発表して「お仕事しました」と言っているだけである。

企業経営者もマスコミにも全くやる気が感じられない。なぜこのようなことが起こるのかということを考えてみた。自分たちで社会を動かしているという感覚があれば最初のうちは利益誘導に走るのかもしれないが、そのうち「尊敬されたい」とか「より豊かな社会を作りたい」と思うことになるはずだ。つまり、自分たちが主導して社会を動かせていないという感覚がこうしたやる気のなさを生み出しているのではないかと思う。

内部留保が蓄積しているのに給料が上がらないのは、日本人が「自分たちが社会を動かせる」という、健全な民主主義国家なら持てて当たり前の自信を失っているからなのだ。

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