加計学園の問題を見ていてよくわからないことがあった。それは加戸守行前県知事が「いい人」なのか「悪い人」かということだ。
世間の関心は安倍首相が加計学園に利益誘導をするために特区制度を悪用したかということだと思うのだが、この観点でいうと安倍首相は多分シロだろう。だが、すでにあった加計学園と今治市の話を前に進めるために戦略特区を利用したのかという点については大いに疑念がある。つまり、主犯ではなく共犯ということだ。すると誰が主犯かということになる。そこで愛媛県の関係者たちについて調べてみる必要が出てくる。なぜ愛媛県の人たちは、このような無理筋の話に手を染める必要があったのだろうか。
実は、今治の土地に大学を誘致しようという話は昔から出ていたが実現しなかった。多分、今治に学校を作っても儲からないという判断があったからだろう。ではなぜあの土地に大学を作る必要があったのだろうか。
そもそもの話は県と土地の話に遡る。本州と四国の間に橋が掛かることになった。バブル期なので高速道路ができれば便利になり、地元が潤うだろうという期待が当然あったはずだ。当然それに乗って儲けたいという人たちが出てくるのは当然のことだ。そこで愛媛県は尾道と今治の間にできる高速道路の終端にまとまった土地を確保した。
そこで利用されたのが土地校舎だ。利用価値が上がる土地の値段は当然上がるので、先行して公社を作り安いうちに土地を買っておくのだ。
こうした土地公社の問題は全国いたるところにあるそうだ。当時「土地の値段が下がる」などという人は誰もいなかったのだが、土地が値下がりすると含み損が発生するという仕組みだった。含み損が確定するのを恐れて、土地公社が解体されないので、土地は塩漬けされ、誰も利用できなくなる。含み損は税金で補填しなければならず、住民負担となる。すると、選挙に負けてしまうので、誰も土地の清算を言い出せなくなってしまうのだ。
尾道・今治ルートにはしまなみ海道という立派な名前がついた。しかし、1999年に一応完成した時にはバブルは終わっていた。全線が開通したのはさらに遅れて2006年だそうである。しかし、未だに松山道とはつながっていない。四国と本州を結ぶルートは3つあるのだが、他のルートはすべて既存の高速道路とつながっており、当然交通量に差が出る。神戸淡路で36600台の流量があり、瀬戸大橋は22002台の流量があった。ところが、しまなみ海道で一番流量が少ない橋の通行量は多々羅橋の7472台だそうだ。(平成28年の日平均)つまり、今治市は四国の県庁間を結ぶメインルートから取り残された半島部になってしまったのだ。
このような経緯で、今治市の市街地の西側の山間部に利用の見込みがない土地が余ってしまった。事業者は都市開発機構、愛媛県、今治市の三者だそうだ。なんとかイオンモールは誘致したもののその他に誘致できる企業はない。松山大学が来るという話があったそうなのだが、経営的に難しいということになった。そこに出てきたのが「市の職員とたまたまお友達だった」と加戸さんが証言した加計学園だったということになる。その後何回も大学を誘致したいという働きかけをしたが、自民党政権は相手にしてくれなかった。民主党は検討しますと言ったものの結局何もせず「たまたま加計学園とお友達だった」安倍首相の政権になった途端に話が前進した。
この話の要点は、誰もが事業が継続できないと考えている土地になぜか加計学園だけが前のめりであるという点である。全国で大学を立て直したという実績があるなら別だが、加計学園にはそのような実体はない。この辺りはよくわからないが、経営的には拡大し続けなければならない理由があるのではないかとさえ思える。
巷では36.5億の土地が無償提供されたなどと言われているのだがこれは簿価であり実際の評価額はそれよりも低い可能性があるということである。だが、土地の価格を高めに設定すると校舎にまとまったお金が入ったことになり赤字が圧縮される。さらに加計学園はこの土地を担保にしてお金が借りられる。多分、拡大し続けなければならないのは既存事業に問題があるからなので、この資金繰りと資産の問題は気になるところだ。
加戸守行前知事は「ライフサイエンスの分野で日本はアメリカに遅れをとっている」などと言っていたが、実は語らないし聞かれないことの方に大きな問題があったのである。
このために使われたスキームが国家戦略特区なのだが、実は元になった特区は獣医学部とは何の関係もない。今治だけで特区が作れないので後付けとして近くの特区を持ってきたようにしか思えない。政府のウェブサイトには次のようにある。
観光・教育・創業などの国際交流・ビックデータ活用特区
- 創業人材の受入れに係る出入国管理及び難民認定法の特例
- 創業者の人材確保の支援に係る国家公務員退職手当法の特例
- 特定実験試験局制度に関する特例 ・雇用労働相談センターの設置
- 人材流動化支援施設の設置
- 特定非営利活動促進法の特例
- 「道の駅」の設置者の民間拡大
- 獣医学部の新設に係る認可の基準の特例
これを見ると、安倍政権が抱える地方の問題が見える。例えば、人材が確保できず外国から安い労働者を導入しようとしているようだし、道路の流量もないので道の駅の事業者すら確保できないようだ。安倍政権では、こうした無理筋な事業をまとめて「成長戦略」と言っているのだ。
つまり、地方政策で手詰まり間がある国、土地の処理に困った地方、多分経営がそれほど芳しくないかもしれない事業者の思惑が合致したのが、今回の「成長戦略」なのではないだろうか。
加計学園は根拠を示さずに大学への援助を求めている。196億円かかると試算しているそうなのだが、どんな大学ができるのかは誰も見たことがないというのだ。そして、過大である可能性が高い費用のうちの半分は地方自治体から出してくださいと主張している。これは銚子でも見られたスキームだ。半額の負担を押し付けられた地元だが、経済効果は3000万円程度しかないという。
前県知事がどのような気持ちで証言に立ったかはわからないが、こうした事情を知らなかったはずはない。にもかかわらず文部科学省の既得権益に阻まれ続けた地方の哀れな老人という演技をしていたとしたら、その罪はとても重いのではないだろうか。
が、実はもっと罪が重いのは野党の方だ。なぜ特区に今治市が付け加えられたのかを追求すべきなのだろうが、これを始めてしまうと国中が大騒ぎになるのは目に見えており、そこまでの度胸はないのだろう。多分、民進党配下の地方議員も無傷ではいられないわけだから、与野党共この件を追求することはなく、獣医学部の需給関係がどうだというような白黒つかない話を延々と続けて、国民の注目を引こうという作戦になっている。
同じようなスキームは築地豊洲問題でも見られた。築地の土地を売って豊洲に移転せざるをえなかったのは、市場の会計が痛んだからだと説明されている。だが一部には「臨界再開発の不良債権処理をしたからだ」という噂があった。しかし、これが露見すると大騒ぎになるためにうやむやになり、最終的には卸と仲卸の問題に矮小化されることになった。有毒の土地を買ってそこに移転するというのは偶然ではなく、有毒で安いからこそ選ばれたのだと言える。こうした話は全国どこにでも存在する。たいていの場合議会はこうしたスキームを黙認しており、連帯責任を問われることを恐れて追求を避けているのである。