一時アメリカのメディアは騒然としたようだ。ただ実際に英語の一次メディアに触れた人と翻訳で見ている人の間には意識の乖離が生まれそうな案件だなあと思った。
英語で見ていると「アメリカの外交・安全保障はシロウトが運営しているのだなあ」という感覚が生まれるが、日本の翻訳で見ている人にはこうした印象は伝わりにくいだろう。
個人的には、トランプ政権にはかなり明確な方針がありそれに沿った世界戦略が実施されているのではないかと思っていた。しかしながら実際にはかなり場当たり的に意思決定が行われ誰も責任を取らない中で個人的な思い込みに基づく議論が行われていたようだ。一方で情報の秘匿に関する関心は極めて低い。つまり意思決定に外国や極端な思想を持った人たちの関与があったとしても当事者たちが気が付かない可能性もありそうだ。その意味では攻略するのが簡単な政権と言えるだろう。
物語はThe Atlanticという1857年創業の老舗メディア編集長に送られたチャットグループの招待状から始まる。招待者はウォルツという人物だった。このチャットグループはイエメンのフーシ派に対する攻撃について話を始める。ゴールドバーグ編集長は当初「自分を引っ掛けるための罠か冗談か」と思ったようだ。
ところが実際に攻撃が始まり「これは本当だったんだ」と確信した。
まず謎が2つある。最初の謎はなぜゴールドバーグ編集長が招待されたかである。ウォルツ氏が間違って招待した可能性があると言われているがホワイトハウス側はスタッフの責任だと言っている。
あくまでも仮説だが、仮にウォルツ氏のスタッフの中にトランプ政権の政策を快く思っていない人がいるとすれば「スタッフ犯行説」もあながち間違ってはいないかもしれない。ウォルツ氏自身はスマホに熟達しておらずそのスタッフに操作を任せきりにしていたということだ。仮にそのスタッフが米に対する敵対者としてホワイトハウスに入り込んでいたとしてもウォルツ氏は気が付かなかったかもしれない。
The Atlanticはトランプ氏がアメリカの戦死者を負け犬・まぬけ呼ばわりしたとして批判している。つまり義憤に駆られた人がこのメディアなら期待通りに情報を広めてくれるだろうと考えても不思議ではない。
今のところウォルツ補佐官はウォン副補佐官にチームの編成を依頼しているが、ウォン副補佐官が自分でチャットグループを立ち上げたのかどうかはわかっていない。議会共和党は調査チームを立ち上げるとしている。議会共和党はこれまでトランプ支持者からの攻撃を懸念しトランプ大統領の放埒な外交政策を容認してきたが、ロシアへのあからさまな歩み寄りが見られるなかどのような調査内容を発表するのかが気になるところだ。
このグループでマイク・ワルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)はアレックス・ウォン副補佐官(国家安全保障担当)に対し、フーシ派への攻撃を調整する「タイガーチーム」を立ち上げるように命じた。
米高官、フーシ派攻撃計画を誤って記者と共有 アプリで(REUTERS)
次にゴールドバーグ氏が虚偽の情報を流していた可能性も否定できない。だがこれはホワイトハウス側が早々に「これは本物でした」と認めてしまっている。ゴールドバーグ氏は実は全文を公開していないが、彼を追い詰めてしまうと、ゴールドバーグ氏は自分の名誉を証明するために全文を公表せざるを得なくなるかもしれない。
ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のヒューズ報道官は声明で、このメッセージのやり取りは「本物であると思われる。不注意で番号が追加された経緯を調査中だ」と述べた。さらに、このメッセージのやり取りは「高官間の深い思慮に満ちた政策調整」を示しているとも述べ、誰かを危険にさらす内容とは思われないと付け加えた。
米誌編集長を誤って追加、トランプ政権のフーシ派攻撃計画のチャット(Bloomberg)
次に問題点を挙げたい。
アメリカ合衆国では高官の発言はすべて記録に残さなければならないことになっている。ところが今回は秘匿性が高いアプリが使われており会話が消える仕様になっている。今回始めてこのアプリが使われたのではないことは容易に想像できるのでこれまでも記録を残してこなかったのだろうということがわかる。これは明確な義務違反になる。
次にトランプ氏は過去にヒラリー・クリントン氏が私用のメールを使っていたとして攻撃していた。当時は「責任を取れ」と迫っていたわけだが、同じスタンダードを適用すると高官たち全員のクビを切らなければならなくなる。いわば巨大なブーメランだ。
また、トランプ政権閣僚のヨーロッパを敵視する発言も明らかになっている。ゴールドバーグ編集長は全文こそ公開していないがJDバンス副大統領のヨーロッパ敵視発言はきちんと引用している。ヘグセス国防長官もバンス副大統領の発言に賛同しているため、ゴールドバーグ編集長は「バンス、ヘグセス両氏」と表現する。
このやり取りはバンス副大統領とヘグセス国防長官らによるメッセージ通信アプリでのグループチャットで、米誌アトランティックの編集長に接続リクエストが送られた。同誌が24日に一部を記事で明らかにした。これによると、バンス、ヘグセス両氏は米国によるフーシ派掃討の取り組みに欧州同盟国が「ただ乗り」していると考えている。
「安保ただ乗り」、トランプ政権幹部が流出チャットで露骨な欧州蔑視(Bloomberg)
ではなぜこの発言が問題になるのか。実は現在ロシア・ウクライナ和平協議が進展している。ロシア側は自分たちの要求が完全に満たされなかったとして共同声明は出さなかったが、アメリカ側はロシアの利益代表のように振る舞っていて黒海の航行の安全を守るべきだと主張し農産品や肥料の輸出回復を支援している。
実際にどんな約束が交わされたのかがわからないので、米ロで何らかの秘密協議が行われていたとしても不思議ではない。
メディア関係者へのリーク工作が容易だったと仮定すると「ホワイトハウスのスタッフが敵対者に情報を流すことなど簡単にできてしまうだろう」と予想できる。トランプ大統領がホワイトハウスのやり取りを把握しているプーチン大統領に取り込まれていたとしてもなんの不思議もない。イギリスの労働党政権は当面トランプ政権を批判しない考えのようだが、当然ファイブアイズはアメリカ合衆国への情報提供を手控えることになるだろう。
またヨーロッパを敵視するバンス副大統領はグリーンランド訪問に同行する。もともとテクネイト・オブ・アメリカという北米共栄圏構想が元になっているが、バンス副大統領には個人的なヨーロッパエスタブリッシュメントに対する恨みがある。デンマークに一泡吹かせてやりたいと考えていてもなんの不思議もない。
ここまではなんとなく日本語で情報を取っている人にも想像が難しくない範囲だろう。だが今回の件では「情報セキュリティも守れない素人がアメリカの安全保障をおもちゃにしている」という印象が生まれている。CNNはこの点を強調し「トランプ氏、安全保障の要職に「素人」起用 劇的な失態招く」と見出しに取っている。
トランプ大統領に批判的な人たちは当然、トランプ私邸のマール・アラーゴに無造作に積み上げられていたアメリカ合衆国の極秘資料を覚えている。トランプ大統領の情報の扱い方は極めてずさんである。
また、作戦が成功した後に「絵文字を使ったお祝い」も行われている。これも感情的な嫌悪感を生み出す。言うまでもないことだがこの作戦では子ども5人を含む53人が亡くなっているが話し合いに参加した閣僚たちは戦争ゲームについて話し合うような気楽さを見せており人殺しを行ったという感覚はなさそうである。
それによると、ウォルツ氏はこぶしの絵文字、アメリカ国旗の絵文字、火の絵文字で反応していた。
米政府高官ら、保護されていないチャットでイエメン攻撃計画を協議 ジャーナリストに誤って共有(BBC)
トランプ大統領はウォルツ氏を「あいつはいいやつだ」と擁護しており、今回のちょっとした出来事で作戦が失敗することはなかったわけだから大したことではないと言っている。