バイデン大統領が日本製鉄のUSスチール買収に介入した。ところが買収意思を放棄する期限は6月まで引き伸ばされ実質的な審議はトランプ政権に引き継がれる。この一連の決定に対しては鉄鋼労連との不適切な関係やトランプ政権への負の遺産の引き渡しなどさまざまな思惑が語られている。
ところがどうやらこの問題は「感情的な政治問題」に発展しそうだ。ライバル社のCEOが「日本は身の程を知れ」として日本製鉄ではなく日本を恫喝したのだ。
「爆弾」を投下したのはTBSだった。
クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOにとってはライバルを安く買い叩けるチャンスだ。粛々と買収を進めればいいようなものの日本を蔑視する発言を行った。
日本に来るアメリカ人は比較的知日派が多いが「アメリカの一般の感覚はまあこんなものだろう」と言う気がする。しかし、こんなアメリカ人を見たことがないという人がほとんどだろう。
「日本よ、気をつけろ。あなたたちは自分が何者か理解していない。1945年から何も学んでいない。我々の血を吸うのはやめろ。我々はアメリカ人だ。我々はアメリカ人を愛し、アメリカを愛している」
USスチール買収に意欲の米鉄鋼大手「クリーブランド・クリフス」CEO「日本は中国より悪い」会見で激しい日本批判(TBS NewsDig)
CEOは前段で中国を批判しているため、アメリカ人によくあるアジア蔑視と思うのだが(こういう感覚を持っているアメリカ人は特に珍しくない)TBSはわざわざ「太平洋戦争での日本の敗戦を念頭に」と情報を足している。これで主語が「アメリカ合衆国」に格上げされるうえに「敗戦国は黙っていろ」というメッセージが付加されてしまう。そもそもCEOが日本製鉄ではなく日本を敵視しているがこれに呼応して日本側も「クリーブランド・クリフス」ではなく「アメリカ」が主語に拡大されていまう。
Quoraでこれを紹介したところ「日本の対米感情は悪化するだろう」というコメントが付いた。非常に興味深いことにバイデン大統領がけがらわしく感じるとしてバイデン大統領に拒否感を示す人とトランプ政権下のアメリカはさらにこの傾向が強まるだろうとしてトランプ次期大統領に結びつける人がいて、捉え方が感覚的だ。
「韓国で同じような発言があれば「韓国は反日国家だ」という投稿が増えるだろうが日本はアメリカには頭が上がらない」という問題提起もしてみたが、そのあたりはスルーされていた。
日本人はアメリカに蔑視されているだろうという気持ちとそれでもアメリカに依存して平和を維持したいというアンビバレントな気持ちを持っているということがよくわかる。強いものに頭が上がらず思考に無意識の制限をかけるのが日本人なのだ。
いずれにせよトランプ次期政権のもとではこうした無自覚の意識の使い分けが忙しく働くこととなり日本人の対米感情は激しく揺さぶられるだろう。こうした不安から脱却するためには少なくとも心理的な依存心を捨て去ることが重要だ。しかし、主語を曖昧にしつつ情報を感情的・感覚的にに捉える傾向が強い多くの日本人には難しいのではないかと感じる。
高度経済成長期にジャパン・バッシングを経験した年配の日本人のとっては「ああまたか」なのかもしれないがいずれにせよ日米関係はかなり難しい新しい段階に差し掛かりつつあるようだ。
外国人に支配されたくないアメリカ製造業の事例としてはダイムラークライスラー (1998 – 2007)が挙げられる。
かつてアメリカのビッグスリーの一角だったクライスラーはアメリカで売れていた大型車に慢心し車の小型化に失敗した。ドイツのダイムラー(ダイムラー側が気を使って表向きは対等合併という形だった)ーと合弁するもの「ドイツ人とは気質があわない」として合弁事業はうまく行かなかった。結局合弁は破綻し2008年頃の金融危機で一旦経営破綻している。
あまりにもプライドが高すぎるアメリカの製造業と経営者・労働者は「外国からの指図」を嫌うだろう。今回はこれに加えて政治圧力も加わっている。違約金を支払ってでも縁切りすべきということを言う人もいるがこれはある程度正しい判断のように思える。プライドが高い敗者ほど扱いにくいものはないからだ。