フィリピンの記者さんもちょっとしたニュースが日本で大騒ぎになっているなんて想像もしていないだろうなあと思う。Yahooに転載されたフィリピンスターの記事によるとフィリピンのドゥテルテ大統領が「日本がミサイルを売りつけてきたけど断っちゃったよ。は、は、は」と自慢したらしいのだ。
これだけなら見過ごしていたと思うのだが、民進党の長島昭久議員が「政府はそんな発表をしていないから、これはフェイクニュースなのではないか」とつぶやいた。長島議員が正しいとすると、大統領発のフェイクニュースということになる。
フェイクニュースにしては具体的な内容
しかし、記事を読んでゆくと、必ずしもフェイクだったとは思えない。記事にはオファーのタイミングが書いてあるからだ。
Japan’s offer came after Russia initiated an offer to provide the Philippines with submarines but Defense Secretary Delfin Lorenzana said the country couldn’t afford it.
英文的にはitが何かという点に悩んだのだが、ロシアが潜水艦を提供しようとしてそれをフィリピン政府が断ったというニュースがあったらしい。だからお金がないというのは潜水艦のことである可能性が高く「防衛長官も日本の話を断った」ということではないようだ。潜水艦の話は12月31日の日付で報道されている。だから「ほのめかしただけ」で「勘違いだった」と一蹴もし難いのである。いずれにせよフィリピンスター紙は世界各国が戦略的重要性からフィリピンに接近しているというストーリーでこの「オファー」を捉えているようだ。つまり、ロシアが言い寄ってきていて次は日本だったという理解だ。
Gゼロの世界と小国の重要性
もともと各国がフィリピンに接近するようになったきっかけは、オバマ大統領が「麻薬撲滅のために超法規的措置を取るのはよろしくない」とフィリピン国政に介入しようとしたことにあるらしい。大統領はアメリカへの依存を軽くして国防を「多様化する」一環として、ロシアや中国に接近した。それに焦った日本がフィリピン大統領の耳元で囁いたという構図である。つまり、アメリカの退潮が生んだ無極化の動きの一環なのだ。
フィリピンは中国との間に領海紛争も抱えているので、アメリカや日本との関係も保っておきたい。そこでいろいろな国からちょっとずつ「つまみ」つつ、競わせている。ロシアの潜水艦は断ったが、長官たちをロシアに派遣して「ウィッシュリストを渡した」という報道もある。最初の記事にある「プーチンも友好的だし、次のアメリカの大統領も(オバマとは違って)もいい人みたいだ(まあ、かなり意訳しているが)」というのはそういう背景によるものだろう。
フィリピンは各国からはいろいろつまみたいが、内政には干渉されたくないし植民地化もされたくない。だから「普遍的な価値観とやらを押し付けない」オファーが欲しいわけである。
安倍政権が軍事を成長産業だと考えているのは間違いないのだが
一連の外遊関連のニュースではオーストラリアとの「物品交換」の内容が「隠蔽されている」というのが話題になったばかりである。スカイニュースはこう伝えている。
The two countries are also due to sign a revised acquisition and cross-servicing deal, under which the Australian defence force will be able to supply ammunition to the Japanese military for the first time.
オーストラリア目線なので、オーストラリア軍が日本軍に(ミリタリーと書いてある)弾薬を提供できるようになったと書いてある。クロスサービスなので、日本軍もオーストラリア軍に弾薬が提供できるということになるのだろう。ただ、これは「隠蔽」ではないようで時事通信などが詳細に伝えている。弾薬は提供して良いが武器はダメというのがラインのようである。この一貫としてフィリピンの件を考えても何の違和感もない。
南スーダンではアメリカや西洋各国と衝突する動きも見せている。南スーダンは政府が敵対民族を虐殺するという動きが出ている。そこで欧米は武器の禁輸を動議した。それに逆らったのが、日本・ロシア・中国などである。これらの国は南スーダンに利権を確保しようとインフラ開発競争を行っている。安倍政権が世界各国に弾薬を売りつけようとしているのと考え合わせると、南スーダンに日本製の弾薬を売り込みたかったのかなあなどと思えてしまう。
日本の文脈にお構い無しに、海外から情報が入ってくる
ここら辺まで調べると、なぜ日米同盟推進派の人たちが慌てているのかがわかる。素人目線では「武器でも弾薬でもなんでもいいじゃん」などと思ってしまうが、そういえばこういうニュースがあったのを思い出した。ミサイルは弾薬に当たるという中谷大臣の答弁だ。ハフィントンポストを引用する。
これまで周辺事態法では「武器(弾薬を含む)の提供を含まない」としていたが、現在審議している安保法案では、「現に戦闘行為が行われている現場」以外であれば、自衛隊が他国軍に対して「武器には含まれない弾薬の提供」をすることが可能となる。
日本に関係する危機だから外国に弾薬を提供できるとしたわけだが、その説明を踏み越えて素人にはどう考えても武器にしか見えない「巨大な弾薬」を「日本が危機でもないのに」売りつけるためにあたりをつけようとしてドゥテルテ大統領にバラされてしまったことになる。国内向けの綱渡りのような説明もフィリピンには関係のないことなので、大統領が内輪の会話で自慢に使ったのかもしれない。
長年の間に倒錯してしまった武器輸出禁止原則
そういえば、なぜ日本は武器を海外に提供してはいけないのだろうか。よく考えてみると理由を知らない。検索してみると、もともとは共産圏に武器を輸出しないという原則があり、紛争国にも武器を渡さないというように拡大されたらしい。つまり、平和憲法とは関係がないのである。冷戦は世界の終わりを想起させ、それなりの緊張感があった。だが、これが既成事実化して政府を縛ることになる。
ただしアメリカとの間での技術供与は例外とされた。日本が軍事的にアメリカと一体化しているということをうかがわせるエピソードだ。
既成事実化してしまったので武器は輸出できなくなった。そこでオーストオラリアとの間の協定でも「武器は絶対にダメ」と書いてある。しかし、弾薬はダメとは書いていないでしょということになり「ミサイルは消えものだから弾薬扱いかなあ」ということになったということだ。理屈が小学生みたいで笑える。
武器弾薬の需要があるのは紛争国か潜在的に紛争の危険がある国だから、そういう国に売りつけにゆく。しかし、紛争当事国には介入しないし武器も渡さないという東西冷戦期の約束事があるために、「いや、あれは揉め事であって戦争じゃないですよ」と言い張るという子供のような理屈で乗り切ろうとしているわけだ。実際には日本が南スーダンに渡した弾薬は対立民族を虐殺するのに利用されることになり、自衛隊員の命を危険に晒すのだが、それでも「首都は大丈夫」と言い張るわけだ。
それは冷戦期にあった「核で世界が滅びるかもしれない」という危機意識が消えたことからくる気の緩みなのだが、実際に核兵器が消えたわけでもないし、テロの脅威という新しい問題も生まれている。アメリカのように自国の税金で世界秩序を支えているわけでもないし、植民地支配の責任を取って難民を受け入れているヨーロッパのような切実さもない。
実は慌てている「プロレス」左派の人たち
ここから考えると邪推ではあるが長島議員の狼狽ぶりが想像できる。フィリピン大統領が言ったことがが本当だとしてしまうと、民進党は立場上反対しなければならなくなる。だが、実際には安保法制反対はプロレスなので反対はしたくない。
そこで「あれはフェイクニュースだ」と決めつけてしまったのではないだろうか。去年の夏に民進党を最後の望みだと考えてデモをしていた人たちは気の毒だが、多分民進党は(中には夜も眠れないほど安倍暴走を心配している議員もいるようだが)本気で安保法制には反対していなかったのではないかと考えられる。
意外なのは朝日新聞の報道だ。「大統領は日本からオファーがあったとは言っておらず」と伝えている。ほのめかした程度であれば「政府としては供与はしていない」ということになる。記者クラブを抱える朝日新聞は外国新聞社からの情報から調査を開始したくはないはずで、火消しに走ったのかもしれない。記者クラブが作る文脈とは大きくずれてしまうので、なかったことにしたかったのではないだろうか。
日本はすでに平和国家ではない
いずれにせよ、日本が平和国家だなどと信じている人は誰もいないのではないだろうか。国のトップがやってきて「中国が攻めてくるから俺んとこの弾薬を買わないか」とほのめかすような国なのだ。
内輪で憲法第9条のお勉強会なんかしていても状況は一ミリも変わらないということになる。民進党や朝日新聞があまり批判的に安倍政権の動きを伝えないのは「戦争みたいにやばいことには関わりたくない」という人たちの票を集めることが目的であって、平和国家の維持などには興味がないからではないかと邪推される。