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ネットで視聴率を気にするということ

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去年の冬あたりからWEARに投稿している。着ている洋服を携帯電話のカメラで撮影して投稿するのだ。最初は、あの界隈でなにがオシャレなのかがわかるのかなあと思っていたのだが、それほど単純ではないようだ。
指標としては、閲覧数、いいねの数、あとから参照できるようにブックマークされた数(SAVEと言っている)の3種類がある。何がオシャレかを見るためにはいいねの数を見るべきだと思うのだが、これが一筋縄ではいかない。タイムライン上にたくさん出てくるコーディネートからいいねを選ぶと、どうしても「その人のキャラに合っているか」と「そこで目立っているか」ということが重要になる。さらに見慣れたものにいいねを押す可能性も高いわけだ。評価するのはプロではない。
しかし、問題はそれだけではない。フォロワー数が決まっているので閲覧数は一定になるべきなのだが、そうはならない。どうやら「ユニクロ」に大きく反応しているようだ。スキニージーンズやライトダウンを買ったのだが、これのコーディネートを探している人が多いのではないかと考えられる。
一方で見向きもされないスタイルもある。ジーンズやチノといったカジュアルスタイルには反応があるが、ウールパンツにジャケットといった高級感の強いスタイルはもはや見向きもされない。つまり、ユニクロが注目を蒐める一方で、クラッシックなスタイルはほとんど注目されないということになる。
細かい観察点はいくつもある。ブログを書く際にはユニクロを中心にまとめた方が閲覧数は稼げるだろう。しかし乱暴にまとめるとネットの「インターラクティビティ」は、議論を活性化させるのではなく、議論を膠着させるということが言える。人々はユニクロのように単純なスタイルに惹きつけられるか、見たことがあるスタイルに興味を持つということだからだ。
これを打破するためには、ショップなどが連携して「このスタイルがモードの中心だ」ということを主張し続ける必要があるわけだが、一般の声が大きすぎて十分な熱量を与えることはできない。そのうちに売り上げをベースに(売り上げはネットの声に影響されて「つまらなく」なっている)無難なものに推移して行くことになる。
同じような現象は珍しくない。例えば政治が国民の声を聞くと「保守化」することが予想される。ここでいう保守は政治的なコンテクストの保守(実際には体制追従の人たちか日本が戦争に負けたことを認めたくない人たちのことだ)ではなく、とにかく現状を変えてほしくないし難しいことはわからないという人たちのことだ。これは必要な改革が行われえないということを意味している。
同じように歌番組も解体されてバラエティ化されることが予想される。しばらくは組織票(前回の考察ではジャニーズを公明党になぞらえたが)に頼るか、解体を進めることになる。紅白歌合戦は「国民的歌番組」を標榜する限り、和田アキ子や演歌の大御所のようなクラッシックは消え去る運命にあるということになる。
イノベーションを勉強したことがある人はこれを「創造的破壊」なのではないかと考えるかもしれないのだが、ちょっと違っているなと思える点もある。これまでの創造的破壊にはドライバーになるようなイノベーターがいないのである。スープは単に冷めて行くだけのように見えるのだ。


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