時事通信が「国民支持、30歳代以下でトップ 時事通信12月世論調査【解説委員室から】」という記事を出している。同じ構図はNHKの世論調査にも見られるという。国民民主党はYouTubeなどの若者が接触するメディアで手取りアップというわかりやすい主張を打ち出したことで30歳代以下の心を掴むことに成功したようだ。ただし未だに支持政党なしという人も多く発掘しがいのある新しい票田となっており玉木雄一郎代表と吉村洋文新代表の手腕が問われる。
結果的に日本には3つの政党の塊ができつつあり「何も決められず成長もできない状態」が定着するだろう。これは日本人の気質にあっている。
時事通信の記事を読むと国民民主党の支持率は10月以降に伸び続けているという。報道で生産年齢前半の支持を集めたことが伝わるとさらに「この流れに乗りたい」という人が増え、与党と互角に交渉する姿勢により期待が高まっているのかもしれない。「勝てば官軍」という言葉があるがやはり分配の意思決定に関与できない政党は期待できないということなのだろう。
維新は吉村代表に代わっても支持が伸びていないそうだ。現在盛んに国民民主党にアプローチしており喫茶たまきでチョコレートケーキを食べたことが話題になった。アイスクリームもついておりなかなかの接待ぶりだったようだ。
NHKの世論調査でも同じような傾向が出ている。ただしそれでも「支持政党なし」という人が多いことがわかる。つまり、玉木氏にとっても吉村氏にとっても未だに掘り起こしがいのあるフロンティア状態。今後選挙に行かないとされてきた生産年齢前半の人たちが政治に参加することになればおそらく各党ともこの世代に対する「マーケティング活動」にさらに熱心になるだろう。
NHKを見ると更に興味深いことがわかる。
40歳代は自民党支持者と国民民主党支持者が拮抗している。おそらく安倍総理に吸着された人たちが残っているからではないか。安倍総理も「国民負担は増えない」との姿勢を打ち出し有権者に支持されてきた。両者とも共通して「メインストリーム願望」が強くマイノリティや権利弱者であると見られたくない。日本ではこれが「保守」と表現されている。リベラルは弱者のスティグマであり支援の対象にならない。
と同時に彼らは自分たちを老化した日本の被害者と捉えて負担軽減も求めている。2010年代の「保守」たちは安倍総理に吸着された。一度吸着されるとそのまま同じ政党に希望を抱きそのまま支持し続ける。ところが安倍総理がいなくなったことで「保守」たちを惹き付けられなくなり空白地帯になったのだろう。おそらくこれまで「保守」を名乗っていた安倍支持者は高齢化の道を進むことになる。
国民民主党の戦略は「現役世代の手取りアップ+負担の軽減」なので当然年金福祉給付に入った年齢の人たちから支援されることはない。この年齢では自民党を支持する人たちが根強いが一部は立憲民主党に移っている。不思議なことに70歳代には維新を支援する人たちの塊もある。
このように既得権を代表する自民党に与したくないと考える人達が生産年齢と非生産年齢で別れているのが日本の特色だ。つまり日本には自民党・非自民A・非自民Bの3つの塊ができつつあるということになるだろう。単独で意思決定ができる政党はない。これがフランスのような状況を生み出しているのだが日本人はフランス人のような激しい対立は望まない。
では自民党は今後どうなるのか。
おそらく自民党の党勢はますます沈んでゆくだろう。自民党が提案する政治資金規正法改正案から「公開工夫支出」の項目がなくなりそうだ。「公開工夫支出」はつまり「支援者たちに対する思いやり予算」だった。これを税金で支出していたのが今までの自民党だった。税金で票を買っていたのだ。票の取りまとめをする地方議員たちを抱き込むための支出が難しくなりしたがって政党としては縮小するだろう。
倫理的な是非はともかくとして長年の「税金依存」がブーメランのように跳ね返ってきている。自民党は「性被害女性」を引き合いに出し「公開工夫支出」の維持を求めた。薬物中毒患者が薬物を買う金欲しさにありとあらゆる言い訳を繰り返すような見苦しさがあった。これを女性に言わせるあたりにジャンキーぶりが見て取れる。
自民は今国会に「公開方法工夫支出」を新設する法案を提出しているが、野党は支出の全面公開を求めている。13日に開かれた衆院政治改革特別委員会では、自民の牧島かれん氏が家庭内暴力や性被害の被害者への聞き取りにかかる交通費を例示し、野党に「公開にそぐわない項目はないか」と見解を尋ねた。
自民「非公開支出」先送り 修正案提示、立民は拒否―規正法改正(時事通信)
議論を長引かせたい立憲民主党はこれを拒否した。政治とカネ問題を長引かせることが党勢拡大に貢献するという気持ちもあるのだろう。おそらくこうした中で「不記載資金」はますます使いにくくなる。だが不記載資金依存に陥った地方組織の中にはこれからも誤魔化しや嘘が出てくるだろう。金の切れ目が縁の切れ目ということになり自民党の地方議員を介した集票はますます難しくなるものと見られる。
現在、第三者委員会をどこに作るのかが議論になっている。
日本人にはスパイト気質があるといわれる。日本人の意思決定は損得勘定に強く左右されるが例外的に「相手のズル」の制裁のためには損得勘定を度外視する傾向があると言う人がいる。つまり、政党の拮抗状態(お互いに協力できない状態)が続くとお互いの首を絞め合うことになる。おそらく外に第三者委員会を作ればこうした問題はなくなるが国会議員たちはこれを「武器化」したい考えのようだ。
こうした「スパイト」志向は国民と政治家の間にも生まれつつある。お互いに協力して成長を目指すよりも「損得勘定を度外視」して相手を妨害したい。有権者は自民党に投票しないことで増税が回避できるということを学びつつある。時事通信の記事は「石破政権は末期的な状況が続く」としているが、こうした状況が定着する可能性もあるのではないかと思う。縛りあいは日本人の気質にあっている。
いずれにせよ「お互いが協力しビジョンを共有したうえで成長を目指す」という図式は消えつつある。有権者と政治家の間に緊張関係が生まれ、野党同士も協力ができない。それぞれが無意味な牽制をしながらお互いを縛り合うという奇妙な安定状況が作られつつあるようだ。
これまでアメリカの政治を参考に「成果が出ない政党戦略には意味がないのではないか」と考えてきたがどうやらこの見込みは外れつつあるようだ。成果が出ずとも意味がなくとも支持が減らないという事実がある。つまりスパイト行動という補助線を引いて「相手を妨害し続けること」に意味を見出す人が多いのだと解釈しないと日本の政治を語ることはできない。成果にも成長にもさほど意味がないのである。
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