テレビが信じられなくなったらそっとブックマーク

SNSと選挙 アメリカ合衆国とフィリピンの事例

Xで投稿をシェア

今回はSNSの選挙について考えている。既得権と言われるテレビや既存政党はSNSを悪者扱いしているが「本当にそれでよいのだろうか?」という問題である。ここでは補助線的にアメリカとフィリピンの事例について考える。

既存政党の機能が形骸化するかあるいは最初からなかったところに代替的にSNSが入り込んでいることがわかる。しかしSNSは完全には政党が持っていた政策集約機能を代替しないため政治状況が混乱する。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






アメリカ合衆国ではテレビが公平・公正原則を守る必要がない。かつてあったFCCの規則がレーガン政権時代に廃止されている。その結果メディアは党派対立を煽るようになり保守系のラジオなどが独自のあまり検証されない政治的意見を流布するようになった。

「ラジオ」とは少し意外な気がするかも知れないが、国土の広いアメリカ合衆国では職場の行き帰りにカーラジオを聞く習慣がある。運転中はテレビ画面を眺めることはできないがラジオであれば運転しながら聞くことができる。この保守系ラジオがSNSに引き継がれて「虚偽の情報」が蔓延するきっかけになっていると分析されることもある。

CNNはピュー・リサーチ・センターの調査を引き合いに「SNSのインフルエンサーは男性が多く右傾化している」と主張している。しかしAFPはトランプ氏の勝利を受けて左派が陰謀論に傾きつつあると言っている。確かに陰謀論は右派から広まったが実際には「極端な人たちは右にも左にも存在する」と言えるだろう。だがCNNの報道からわかるように既存メディアは現実を受け止められておらず「SNSは虚偽の情報で有権者を騙そうとする」と主張する傾向にある。

メディアの多様化は有権者のセグメント化(穏健共和党・トランプ=MAGA、穏健民主党・左派急進派)を反映しているだけと捉えることができるかも知れない。なおアメリカには大統領選挙に参加しない有権者がいる。今回の大統領選挙は投票率65%と「高い」投票率だったそうだが、それでも1/3は投票していないのだ。

第二期トランプ政権は多くの閣僚をFOXニュースの司会者で固めるものと考えられており、プロの政治家とニュースショーのコメンテータの境目が曖昧になりつつある。

今回の選挙では経済が有権者の重大関心事だったとされている。しかしミシガン大学の景気信頼調査では奇妙な現象が見られた。

バイデン政権初期に見られた強烈なインフレは景況感を著しく悪化させた。これが落ち着くと民主党支持者は「バイデン政権の政策が成功した」と感じるようになる。ところがトランプ氏が当選すると今度は共和党の支持者たちが「今後経済は良くなるだろう」と回答する。彼らの景況判断は主観に彩られており、これが実際の経済にも影響を与えている。

かつての大統領選挙は複雑な利害関係を整理するのに役立っていた。ところが有権者が細分化されメディアの種類も増えたことで政党が持っていた整理機能が成り立たなくなりつつある。政治的イシューは単純化される傾向にあり負けた側は不満を募らせる。

すでに共和党はティーパーティー運動からトランプ派の席巻を通じて変質してしまっているが、今回は民主党がハリス氏の敗北を受けて激しく動揺している。有権者たちは「もはや民主党は自分たちを代表していないのでは?」と疑い始めており、バーニー・サンダーズ氏のようにそれを指摘する議員もいるが、民主党議員たちはまだ現実を直視できていないのが現状である。

さてここまでは「かつてあった政策集約機能が失われつつある」アメリカ合衆国の事例について観察してきた。では「そもそも政党が作られなかった国」はどうなっているのか。それがわかるのがフィリピンだ。

フィリピンはマルコス大統領の独裁への反発から大統領の多選が禁止された。しかしそのあとにも国民政党が作られることはなかった。フィリピンは多民族国家であり域内にキリスト教徒とイスラム教徒が混在する。同じ島嶼国でも日本のように「民族の均一化」が進まなかった上に、植民地支配された時代が長かったことが影響しているものと考えられる。

フィリピンの公用語はフィリピン語と英語だ。フィリピン語は標準化されたタガログ語だが第一言語話者は2000万人程度しかいないそうだ。フィリピンの人口は日本とほぼ同じ1.1億人程度。

マルコス大統領の跡を継いだのがコラソン・アキノ大統領(政敵として殺されたベニグノ・アキノ氏の妻)で、その息子ベニグノ・アキノ3世が大統領に選出された。マルコス大統領はアキノ氏の影響力を削ぐために「世継ぎ」となるアキノ氏の子どもを殺そうとした。それを生き延びたのがベニグノ・アキノ3世である。

次に大統領になったのが「超法規的な麻薬戦争の克服」で知られるロドリゴ・ドゥテルテ氏である。「治安を守るためには法律破りも仕方がない」と考える国民が多かった。今でもドゥテルテ氏を支持する人は多い。

そしてその後に大統領になったのがマルコス独裁時代を知らない世代がSNSで支援したボンボン・マルコス氏だった。マルコス時代の都合が悪い記憶は消し去られ良かった部分だけが切り取られている。

 「エリート層に切り込もうとしたドゥテルテは、彼らが支配する既存メディアに攻撃された。今回も同じ構図で、われわれには真実を伝える役目がある」とリーヨ。情報はインターネットや知人から集めており、「自分で精査しているので、間違いはない。『隠された話題』を発信すると『気付かされた』と反応があり、フォロワーが増えていく」と誇らしげに語った。

「暗黒時代の美化」に募る危機感…SNSでマルコス氏巡る情報合戦 独裁した父を「再評価」 フィリピン大統領選(東京新聞)

問題はマルコス氏が「既得権益の挑戦者」であると主張するためにドゥテルテ氏の威光を利用したという点だった。ドゥテルテ氏の娘と組んで継承者である点をアピールしていたが次第にドゥテルテ家を敵視するようになる。レームダック化することを恐れているのだろう。ドゥテルテ家側もネットで「応戦」するようになり、最終的には大統領暗殺宣言まで飛び出している。

アメリカ合衆国とフィリピンの大きな違いはフィリピンにはフィリピン国民としての意識が希薄でありしたがって国民政党ができなかったという点にある。このためそもそも政策の集約が行われない。政党の人気は個人と家が支えている。

これが泥沼化しており政治家どうしが反社会集団の抗争のように「やるかやられるか」という状況になっている。

この2つの事例から見るとSNSの台頭と既存のマスメディアの影響力低下の裏には政党が持っている(あるいは持つべき)政策集約機能の低下という同じ現象があることがわかる。

日本のSNSでも「自分だけがマスコミの知らない真実を知っている」と主張する人は大勢いる。そしてその人達に「目覚めさせられた」と感じる人も多い。もちろん極めて荒っぽい分析ではあるものの、日本でも既存政党の形骸化が進行しているのであろうと類推することができるということだ。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで