南米で立て続けにAPECとG20の会合が行われた。石破総理が集合写真に遅れ(フジモリ元大統領の墓参からの帰り道に渋滞に巻き込まれたと説明されている)スマホを弄りながら各国の代表らと握手をしたことが批判の対象になっていた。総理大臣になると文字通り「一挙手一投足が批判されるんだな」と感じた。
だが、G20ではバイデン大統領らが集合写真に間に合わないという事件を合わせて考えると「石破総理がなぜ集合写真に間に合わなかったのか」は意外と深刻な問題なのかもしれないと感じた。
さらに石破総理のフジモリ氏墓参そのものも実はかなりの外交暴挙である。
ブラジルのルラ大統領が主催したG20の会合はかなり荒れたようだ。欧米はロシアのウクライナ侵攻についての言及を盛り込みたかったがルラ大統領は欧米の首脳がいないところで取りまとめを中断し勝手に声明をまとめてしまったという。
首脳宣言は通常、会議の最終日に出される。しかし複数の外交官の話では、ルラ氏は初日の18日の討議時間を早めて宣言文書の承認を決定し、その瞬間にはフランスとドイツ、米国の首脳は居合わせていなかった。
G20サミット、ウクライナ問題深入り避けたブラジル大統領に欧州首脳が不快感(REUTERS)
ブラジルの外交官は「宣言が出せないリスクを避けるための措置だった」と説明している。この記事だけを読むと「ああそうなのか」と言う気がする。しかしBloombergの別の記事を読むと少し違った感想を持つ。
初日に全員集合で写真を撮るのが習わしになっているそうだが、アメリカ、カナダ、イタリアが間に合わなかった。このときにブラジル側が共同声明をまとめるのと同じ手法を使っている可能性がある。
世界の無秩序感は、サミット初日の集合写真撮影に最も端的に表れた。バイデン米大統領、カナダのトルドー首相、イタリアのメローニ首相の3人が恒例の「家族写真」に参加しなかった。米国側は手配上の問題から写真が早めに撮影されたと主張し、主催者側はバイデン氏が撮影時間に遅れたと主張した。
G20サミット混乱あらわ、トランプ氏復帰前から無秩序な世界浮き彫り(Bloomberg)
結果的に新しい集合写真が「かきわり」を背景にして撮影された。Bloombergは皮肉を込めて次のように書いている。
この埋め合わせとして、ルラ大統領は19日に撮り直しを求めた。今回はバイデン大統領もちゃんと写真に収まった。しかし、リオの壮大なシュガーローフマウンテンの代わりに、実物ではない背景が使われたことで、結束の試みが見せかけにすぎないという印象をさらに強める結果となった。
G20サミット混乱あらわ、トランプ氏復帰前から無秩序な世界浮き彫り(Bloomberg)
背景にあるのはかつて「発展途上国」と言われていた国のいらだちだろう。
欧米は自分たちの価値観を常に押し付けてくるが本音では発展途上国を見下している。このいらだちが「仲間外れ」という実に子供っぽい手法で表現された可能性が高い。欧米抜きのBRICSが台頭すると、相対的に地位が低下したG7が「発展途上国」を取り込むために作られたG20そもものが役割を終えつつあると言えるのかもしれない。
代わりに台頭しつつあるのがG7抜きのBRICSだ。今回のG20の会合でもその輪の中心には中国とインドがいたそうである。トランプ次期大統領が就任すればアメリカ合衆国は孤立主義を強めることになる。当然インドと中国の存在感はますます増してゆくだろう。
APEC首脳会談でもバイデン大統領は背景に追いやられた。また日本の総理大臣はそもそも写真撮影に予定に間に合わなかった。ここは額面通りに「交通渋滞が激しかったのだ」という政府の主張を信じたいところである。
だが石破総理はアジア版NATO構想を英語で発表している。この構想はアメリが合衆国からは日米同盟に対する挑戦状だとみなされる可能性があると同時にアジア各国から「なんだ日本は地域の盟主気取りなのか」と取られかねないリスクがある。
仮に「今度来る石破というやつはかなり尊大な人物らしいぞ」という風評があるとすると、座ったままでスマホを弄りながら対応したというニュースには背筋が凍る思いがする。
さらに石破総理が故フジモリ大統領の墓参を行ったというニュースにも背筋が凍る思いがした。仮にケイコ・フジモリ氏が一般市民ならば微笑ましいニュースといえたかもしれない。
ペルーの故フジモリ元大統領の長女ケイコ氏は18日、自身のX(旧ツイッター)で、石破茂首相が故フジモリ氏の墓参りをしたことについて「家族を代表して感謝する。永遠に心に留めたい」と記した。
石破首相の墓参りに謝意 フジモリ氏長女―ペルー(時事通信)
ペルーの国内事情に興味がある人は殆どいないだろうが、ペルーの大統領選挙は先住民族系で教師出身の左派カスティジョ氏と既得権を代表するケイコ・フジモリ師の間で争われた。
カスティジョ氏は既得権打破を訴えてペルー議会と対立する。大統領選挙では既得権打破を訴える候補が有利になるのだが選挙区では既得権擁護を訴える議員のほうが有利になるという独特の事情がある。結果的にカスティジョ氏は度重なる弾劾決議を受けてついに辞職に追い込まれた。
兵庫県知事と議会の対立のもっと激しいバージョンがペルーで起きており、選挙のあともペルー情勢はしばらく混乱し続けた。
抗議デモは16日も続き、主要道路は封鎖され、空港は閉鎖を余儀なくされている。当局の発表によると、抗議活動でこれまでに少なくとも17人が死亡、さらに少なくとも5人がデモ関連で死亡している。
混乱続くペルー、抗議デモ死亡受け閣僚2人が辞任 新政権に圧力(REUTERS)
現在のボルアルテ大統領は当時の副大統領だった。つまり、もともとカスティジョ陣営だったのだが「カスティジョ大統領はクーデターを起こそうとした」と批判している。一方で議会からの度重なる大統領選挙の要求をかわしつづけている。
後任としてディナ・ボルアルテ副大統領(60)がペルー史上初の女性大統領に就任した。ボルアルテ氏は「大統領によるクーデターの試みがあったが、私の最初の仕事はペルーを団結させることだ」と演説した。
ペルー大統領、弾劾経て逮捕 新大統領「クーデターの試みがあった」(朝日新聞)
議会は既得権を擁護してくれる(つまり適度に汚れた)大統領を求めている。左派はボルアルテ氏が最後にカスティジョ氏を裏切ったと感じている。そしてボルアルテ氏は公務員の給与に見合わない高級時計をいくつも持っており「何か悪いことをしていたのではないか?」と疑われている。
世論調査で大統領支持率が一段と下がる中での正式な告訴状提出となった。政権発足から2年たたないが、憲法に基づく告訴は2度目。前回は、不法な議会解散を試みたカスティジョ前大統領が罷免され身柄を拘束された後の混乱で少なくとも40人が死亡した際、当時副大統領だったボルアルテ氏の対応が問題視され、最高検が昨年11月に告訴に踏み切っていた。
ペルー大統領を収賄告訴、議会で罷免決議も(REUTERS)
現地にはこのような複雑な状況があり石破総理が故アルベルト・フジモリ氏墓参に「政治的意図がある」と疑われても当然だ。石破総理は「日系大統領」と気軽に考えていたのかも知れないが、日本の外務省はこのあたりの事情を知っているはずなので「なぜ墓参を止めなかったのか」と感じた。仮に在ペルーの日本大使たちが石破総理に何も進言しなかったとすれば「極めて無能でありお昼寝ばかりしているのだろう」と疑われても何ら不思議はない。
なおケイコ・フジモリ氏は大統領選挙への出馬は検討していない。7月にアルベルト・フジモリ氏が出馬を表明していたが、9月に亡くなっている。がんだった。BBCは訃報の中で「左翼から国を守ったという評価がある一方で反対する人も多かった」と伝えている。
コメントを残す