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自民党本部を襲撃した臼田敦伸容疑者はどんな人なのか

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土曜日の早朝に自民党本部前で襲撃未遂事件が起きた。極めて日本らしい事件だと感じた。容疑者は組織的背景がなく継続的な政治運動もしていない。にも関わらずある日突然考えられる中で最も極端な行動を起こす。

一生をかけた事件のわりには文書も残っていない。だから、何をしたかったのかわからない。にも関わらず政治家はテロには屈しないと言っている。

臼田敦伸容疑者について調べた。

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臼田敦伸容疑者の人となり

臼田敦伸容疑者は49歳。自民党本部に火炎瓶「らしきもの」を投げたあと逃走し首相官邸前のバリケードに激突して取り押さえられた。車の中からはポリタンク20個が見つかっていて中にはガソリンが詰まっていた。トラック運転手とウェブデザインの経験があると読売新聞が伝えている。最近は不定期にアルバイトをこなし引きこもり気味だったそうだ。

臼田敦伸容疑者の政治的主張については2つのことがわかっている。1つは選挙に出ようとしたが供託金が準備できなかったこと。これは2009年の衆議院議員選挙だった。民主党による政権交代がおきた年である。

その後2011年に東日本大震災が起きると原発政策に疑問をいだいたようだ。反原発運動に参加していた時期もあったとされている。しかし「活動家」と呼べるほどの継続性もなかった。

しかしそのあとの2022年には「誰でも立候補できる状態ではないのだから暴力的になるのは必然」という投稿をしている。

臼田容疑者は川口市出身。2009年の衆院選に埼玉2区から「供託金制度の廃止」を掲げて出馬を検討していた。本人のものとみられるX(旧ツイッター)には22年2月、「誰しもが立候補できない限り、暴力的になるのは必然である」などとする投稿があった。

首相官邸前に突入した車にポリタンク20個、中身はいずれもガソリン…容疑者は車内に火を付ける(読売新聞)

一時は「反原発の活動家なのか?」という憶測も飛んだようだが、仮にそうであれば何らかの犯行声明などが残っていたはずだ。しかし今のところそれは確認されていない。

極めて日本的な孤立

ただこの「よくわからない」という感覚はさほど珍しいものではない。ここから極めて日本的な政治状況が浮かび上がる。

  • 孤立
  • 自己主張の不在と漠然とした不満

この二点だ。

孤立

第一に「孤立」がある。

東日本大震災をきっかけにした反原発運動は一時は「さよなら原発1000万人アクション」などといわれた。著名人も参加し運動はそこそこ盛り上がったが次第に「反アベ運動」になり安倍総理の退陣と死をきっかけにトーンダウンしている。署名事態は1000万人に届かず2022年に883万人で終わっているそうだ。現在「裏金と統一教会」が問題になっているが、これは反原発・反アベ運動に代わるなにかを市民運動が求めているからである。また立憲民主党が穏健保守獲得に動いているのもこの流れの延長線上にある。

この運動の特徴は「組織が残らなかったこと」にある。参加していたのは連帯できない孤立した人々でありそのまま孤立した個人に戻ってしまった。

仮にこうした人々の不満をすくい取り解決可能なアジェンダに落とし込むことができる政党があるとよいのだが、今の日本にはその様な政党は存在しない。東京都知事選挙の蓮舫ショックからわかるように立憲民主党や市民運動は孤立した有権者には無関心だ。

自己主張の不在と漠然とした不満

次が自己主張の不在だ。

秋葉原で通り魔事件を起こした加藤智大(元死刑囚・執行済み)の犯行の背後には派遣切りの問題があった。アメリカで金融恐慌が起こり後にリーマンショックにつながった時期で日本の製造業も業績が悪化しつつあった。つまり加藤智大のような不満を抱えた人は大勢いたはずである。しかし、加藤智大の動機は政治的なものではなく「ネット掲示板での口論で犯行声明を行ってしまったために引っ込みがつかなくなった」ことだった。あくまでも個人のメンツの問題だったのである。

安倍首相を暗殺した山上徹也被告の犯行の背景にあるのは統一教会問題だが彼も個人の問題として捉えている。

後に「誰かに状況を理解してもらいたかった」という趣旨の発言をしているようだが、世論に何かを訴えて状況を変えようという動機は希薄だ。このため政治的な動機と個人的な動機が入り混じっており未だに論点整理ができていない。その後の世論の動向は新聞などを見て知っているようだが「宗教問題への進展は想定していない」との見解を示している。

岸田総理の暗殺未遂事件を起こした木村隆二容疑者については情報がない。改めて調べたところ未だに黙秘しているそうだ。とはいえ組織的背景も浮かび上がっていない。SNSでは供託金への不満と宗教票を背景とした世襲議員の増加対する不満が書き込まれている。

今回の臼田敦伸容疑者と極めて動機がよく似ているが、とはいえ「そんなことで総理大臣を殺したいと思うのか?」と言う気もする。

産経新聞は「ローンオフェンダー」と表現するが……

人々が政治的意見を形成する仕組み

そもそも人はどうやって政治的意見を精緻化させてゆくのかを考えると「政治の前に社会という概念を理解する必要がある」とわかる。社会を理解するためには周りにいる人々を理解しなければならない。その最初の基礎が家庭である。社会は家庭から始まり最終的に国家のような抽象化した概念に成長する。

人々は社会の中で政治的意識を育てそれを精緻化させる。自分のポジションを修正する人もいるだろうが、他人の意見に反発を覚えて自分の考えを強化する人も出てくるはずだ。

アメリカ合衆国ではこれが過激化している。自己主張社会なのでSNSで意見表明をする個人は大勢いる。当初は争っているのだがそのうち独自の「島宇宙」を作りアルゴリズムによってエコーチェインバーが形成される。結果的に政治的意見は両極端に吸着され「分断」が加速する。

ところが日本人はそもそも「意見表明」がない。学校では先生の言う事をよく聞きなさいといわれ自分の意見を言うことを求められない。中には発表形式の授業もあるだろうが「先生が求めるようなことを言う」ことが期待されている。

臼田敦伸容疑者に関しては情報が出ていない。ただ父親は息子が何を考えているのかよくわかっていなかったようだ。今回挙げた人たちはいずれも「親との関係が不仲だった」という問題を抱えている。つまり、個人の内部に整理されないモヤモヤとしたものを感じてもそれを社会的に形にするパスがまったくない。

本人さえわかっていないのに兆候がつかめるはずはない

産経新聞は「選挙期間中の「テロ」再び 兆候つかみにくい「ローンオフェンダー」、態勢強化の途上」という記事を出し、これはローンオフェンダーという一匹狼型の犯罪としている。

ローンオフェンダーの対策は、日本のみならず世界各国の課題となっている。国内では令和4年7月に奈良市で安倍晋三元首相が、5年4月には和歌山市で岸田文雄前首相が襲撃を受けた。いずれも個人による犯行だった。

選挙期間中の「テロ」再び 兆候つかみにくい「ローンオフェンダー」、態勢強化の途上

しかしながらそもそも本人さえ自分が何に不満を持っているのかがよくわからない上にさほど影響力がないSNSアカウントで呟くように政治への整理されない不満を口にする程度では「兆候」にはならないだろう。警察幹部は「どう察知するか検討する」と言っているが対策は不可能なはずだ。

警察幹部は「法律の範囲内でどう情報を集め、直接行動に出るのを察知するか、検討を続けていく」と話した。

選挙期間中の「テロ」再び 兆候つかみにくい「ローンオフェンダー」、態勢強化の途上

テロに屈するなという思考停止

今回の事件の感想として「安倍元総理暗殺事件についてきちんと総括しないからこうなった」とするコメントがいくつか見られた。つまり「安倍元総理の暗殺という重大問題がさほど深刻に受け入れられなかった」という不満があるのだろう。このため「テロは絶対に許してはいけない」というような言動が見られる。石破総理、野田佳彦代表、玉木雄一郎代表もそれぞれ「暴力には屈しない」と言っている。

だがよく考えてみると、臼田敦伸容疑者がそもそも何を世間に何を訴えて何を変えさせたかったのかがはっきりしていないのだから「要求もないのに屈するもなにもないものだ」と言う気がする。ただこういう事件が起きると「そう言っておけばなんとか形になる」という程度の思考停止ぶりである。

そもそも有権者の政治参加に対する意識が希薄になり、選挙に出ることができないならその次は暴力だということになっている。政治参加と言っても自分の意権を表明したり仲間を募ったりする様な手段が考えられるわけだし、地域の活動に参加してそこから現状を変えるということもできるはずだ。また政党がリーダーシップを取ってこうした孤立する個人にアプローチし彼らのエンパワーメントするという方法も考えられる。

だが実際に政治に参加しようとすると「サポーターになって政党を支えてください」ということになり請求書が送られてくるのが関の山だ。あとは「どこどこで何々先生が演説会を行うので動員に協力してください」などと指示される。政党によっては「新聞を売って党員を勧誘しろ」などと命じられることもある。

有権者は徹底して「意見を言わない観客」とみなされ、決して「アクター」として扱われることはない。故に個人がエンパワーメントされることはない。野党にとっても与党にとっても個人は組織を支える「道具」に過ぎないのだ。

テロに屈するなという思考停止ワードによって状況が変わることはないだろう。

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Comments

“自民党本部を襲撃した臼田敦伸容疑者はどんな人なのか” への2件のフィードバック

  1. 細長の野望のアバター
    細長の野望

    石破さんとテロと言うと、特定秘密保護法案に反対する市民団体らの絶叫調のデモを「単なる絶叫戦術は、テロ行為とその本質においてあまり変わらない」とブログ内で批判したことを思い出しました。
    しかし、日本において本当に警戒しなければいけないのは、こういう市民団体が表立って行うデモではなく、孤独な人が突発的に行う暴力的な主張でしょう。
    今回の事件が起きた時、ネットでは「左翼的な思想」を持った人が実行したと思っている人たちがいましたが、日本においてはそういう予想は外れがちに感じます(安倍元総理が銃殺された事件でもそうだったように感じます)。
    「暴力には屈しない」というのは間違いではないですが、その暴力が起きた背景を調べ考えることを政治家には求められると思います。

    1. 組織的なテロは潰せても孤独はなくせないですし、孤独であっても情報は抱負に手に入ると……

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