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出口なしの最低賃金1500円議論 日本で政策論争が進まないわけ

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テレビ朝日の羽鳥慎一モーニングショーで「最低賃金1500円議論」をやっていた。

選挙になると政局報道がやりにくくなるので政策議論をやろうとしたのだろうがまさに「出口なし」といった感じだ。

このショーを見ていると日本で政策議論が進まない理由がよく分かる。全体の技議論を例えるならばタイタニック号だ。

氷山を目の前にしたタイタニック号の乗組員が「船長はどこにいる?」と叫んでいる。騒ぐ前に右か左に舵を切るべきだが操舵室では乗組員たちが氷山をよそに延々と議論を繰り広げている。

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野党各党が最低賃金1500円の早期実現を主張している。だが自民党はあまり積極的ではない。経団連も「最低賃金の引き上げは必要である」としているがすぐには実現できないという立場。石破総理は2020年代までに1500円を実現すると言っている。

経団連は最低賃金を引き上げる前にもっと企業を支援しろと要求している。

一方、首相が最低賃金の全国平均1500円への引き上げについて、岸田政権が掲げた2030年代半ばまでという目標を前倒しし、20年代の実現を目指す考えを示したことに関し「かなりの(引き上げ)率になる」と指摘。「セーフティーネット(安全網)が整わないままだと大きな混乱になる」と述べ、前倒しを可能とする労働環境の整備を求めた。

石破首相の経済政策「非常に妥当」 最賃引き上げ、安全網必要―経団連会長

この最低賃金について識者の一人浜田敬子さんは次のように言っている。原文には誤字があるがそのまま掲載した。

浜田氏は、「どこの先進国も少子化、高齢化、人手不足で国際間でも人材争奪戦が起きている。賃金が低いというのは、特に海外からの働きに来る人がいなくなってしまう。賃金は上げざるを得ない。一方で、すごく厳しい数字でもある。毎年7%くらい上げていかなければいけない。大企業だからできる。時給を上げ名手行かないと人が集まらない。中小企業がこれに追随できるかという問題がある」と話していた。

浜田敬子氏「石破さん、思い切った目標」2020年代に最低賃金を1500円まで引き上げ(日刊スポーツ)

安部敏樹さんは基本は賛成だがそうはならないだろうとの見通しを表明した。同じ日刊スポーツのまとめ。

そのうえで、「地方の厳しい事業体では、規模を縮小させても収益率を上げていくという方向に振れていくと思います。地方で準公共的な役割をになっていた企業は、公共交通などが撤退していく流れが加速していく。地方の自由市場はなくなってきて、どんどん自治体がやらなければいけない領域になっている。長期的にみてる日本にとって重荷になる」と述べた。

安部敏樹氏「経営者として大変。ただ支持します」石破首相2020年代に最低賃金1500円へ(日刊スポーツ)

浜田さんと安倍さんの違いを見てゆきたい。

まず浜田さんは大企業がイニシアチブを取って賃金を上げるべきだと言っている。これは既存の日本の考え方を踏襲したもの。つまり大手製造業がピラミッドのトップにいて下請けがそれを支えているという経済理解だ。浜田さんは女性が結婚・出産後非正規にとどまっている現状も変えてゆきたいと考えており「大企業が中心となって正社員雇用を推進すべきだ」と主張している。つまり大企業がやる気になれば日本は変わるはずと言う主張だ。

一方で若手の安倍さんはすでにこのような考え方は持っていない。サービス産業は大手である必要はない。このため、インフレに追従できなくなった企業は淘汰されるべきだとしている。彼は設備投資にも懐疑的だ。これは施設重視型の産業理解であり人的資本に依存するサービス産業には当てはまらないからだ。さらに大企業が地方経済を支えていた時代も知らないため「地方はこのまま衰退するだろう」と言っている。そしてそれを同じ「カッコ=経営者の資質」に入れている。どちらも無能な経営者という共通点があるため「無能な経営者には退陣してもらうべきだ」と考えているのだ。

基本理解が違うため、おそらくこの二人が議論をしても共通見解は得られないだろう。一人は大企業がダメだと言っており、一人は無能な経営者が多すぎると考えている。

一方でこのコーナーを主導する加谷珪一氏は全く別の見方をしている。加谷珪一氏は原則的に政府は最低賃金ではなく投資を促進することで間接的に賃金を上げるべきだと言っている。これは資本主義・自由主義経済ではもっともストレートで正攻法のアプローチである。

加谷珪一氏は法人税減税で「企業の内部留保が蓄積している」と指摘。確かにすべてが現金というわけではないが半分くらいは現金で持っていると言っている。これを投資に回すべきだと考えている。

つまり三者三様でバラバラの事を話しているためそもそも議論としてはどこにも帰着しない。番組はこれを疲弊する地方の中小企業の声に接続していた。「最低賃金を上げると会社を畳まざるを得ない」などと言う声が大きい。

議論をモデレートするべき羽鳥慎一氏は「いやあ、皆さんのおっしゃることはご尤もですね、困りましたね」と言っていた。

加谷珪一氏はいちおう「アメリカのように規模の経済を追求する(安倍氏の主張をバックアップする)」か「ドイツのように経営効率化を図るか(浜田氏の主張をバックアップする)」の選択はありますねとフォローしていた。加谷珪一氏の立場はあくまでも「参考人」なので議論をモデレートすることはない。

いったい何が問題なのだろうか?と考えた。羽鳥慎一氏の無能ぶりが問題なのか。

各氏の主張はそれぞれ一長一短がある。これを選ぶのが政権政党の責任であり、仮に政権政党がそれをできないのなら野党が代わって責任を果たさなければならない。だが、与野党の政策には経済成長政策はない。時事通信が各党の政策を並べている。

日本が再成長するためにはまず何かを変えなければならない。そしてそのアプローチは多様であり3人の識者が指摘するように一長一短がある。基本的には産業構造を変えずに再成長を目指すために企業に行動変容を共用すべきと考える浜田敬子氏と、それ以外の2名という対立になる。政権政党はまずこれを選ぶ必要がある。

しかし石破総理の変節からわかるように現在の自民党は派閥の寄り合いになっておりこれを選べない。個人としての石破氏には何らかの考えがあるだろうが総裁としての石破氏はそれが言えない。これは対立する野田佳彦代表にも当てはまる。

つまり現在の日本の政党は政策選択機能を失っている。

政党が経済成長のための変化を起こせないのだから、当然選択肢は政府の規模を縮小する政策(減税とスリム化)か財政規模を増やして支援を行い増税をするという二択になる。

政権政党はスリム化(権限縮小)は選択のインセンティブは持たないので選挙の前には支援が強調され選挙が終わると増税議論が始まる。そこで有権者は「政治のお金の使い方はおかしい」と考える。そこに「裏金」議論が重なり懲罰的な投票行動への動機づけが行われ結果的にますます何も決められなくなってしまう。

全体の議論を俯瞰すると「そもそもこの構造を変えてゆくべきなのでは?」と思うのだが、個別の議論に落とし込むと全体像はかき消され、羽鳥慎一氏の「いやあ困りましたね」だけが残ってしまうのである。

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