今、アメリカである不安が囁かれている。大統領選挙でハリス陣営が勝った場合トランプ氏側がそれを認めないのではないかという不安だ。
それを裏付けるようにトランプ氏の発言がある独裁者に似てきている。陣営は「著作に影響を受けたわけではない」と主張するが「独自に思いついたのなら更にヤバいのでは?」と感じた。
ただこれは単なる偶然ではない。アメリカ合衆国の状況が変化しつつある。
現在のアメリカ経済は絶好調で株価は連日記録的な好調ぶりを見せている。
個人的にも2023年の秋頃(「アメリカ経済はハードランディングする」などといわれ株価が不調だった)に買った株があり気分が良い。だがこの経済指標は「バイデン政権が選挙前に経済をよく見せようとしているせいなのではないか」という人もいて、おそらく長くは続かないのではないかという懸念も囁かれている。
金融機関系のシンクタンクは相次いで「大統領選挙の結果が確定しないリスク」について情報発信している。
トランプ氏は「アメリカの移民はアメリカの血を穢している・悪い遺伝子を持ち込んでいる」と主張している。言わずもがなだがこれは「ユダヤ人がアーリア人の純血を穢している」と主張したヒトラーに酷似している。
当初「トランプ氏はヒトラー信者だ」という批判がありトランプ氏は「自分はヒトラーの著作など読んだことがない」と言っている。タイトルにマイン・カンプとあるが日本語では「我が闘争」と訳されている。
- Donald Trump says he is ‘not a student of Hitler,’ won’t rule as a dictator(ABC)
- Trump: I have not read Hitler’s ‘Mein Kampf’(Reuters)
この言葉を素直に受け入れると「トランプ氏はヒトラーの我が闘争を読まずに独自に同じ境地にたどり着いた」ことになり「余計悪いわ」と突っ込みたくなってしまう。
一時は経済政策で挽回しているとされていたハリス氏だが支持率は伸び悩んでいる。実は強い雇用や株価というニュースを活かしきれていない。むしろ「景気のいいニュースを多く聞くが私は何も感じていない」とする人がトランプ支持に傾いている。
ハリス氏が労働市場の堅調さを生かし切れない背景については、米社会の格差拡大を指摘する声が多い。数字的には雇用は堅調、インフレ率も低下しているが、日系証券関係者は「食品や住宅価格が(コロナ禍前より)かなり上昇しており、豊かさの実感が伴わない」と指摘。最高値更新を続けるニューヨーク株式相場についても「資産を持たない層は恩恵を受けられず、不満がたまっている」と分析する。
ハリス氏、強い雇用生かせず 「経済」ではトランプ氏に劣勢―米大統領選
おそらくはこうした格差が背景にあり、トランプ氏は発言をエスカレートさせている。
トランプワールドではハイチ系移民は犬や猫などのペットを食べており、コロラド州オーロラ市はギャングに支配されていることになっている。国境の南側から来た人たちはみな精神病院か刑務所を抜け出してきた悪人であってアメリカを滅ぼすためにやってきたことになっている。
経済的な恩恵を受けていない人たちは、これを見て「悪いのは自分ではなく外から入ってくる悪い奴らのせいだ」と考えることができる。「経済は好調なのに成功できないのは自分が能力がないからかも知れない」と考えずに済むのだ。
とにかく絶対に負けを認めるなと教育されて成功してきたトランプ氏だ。
口げんかはとにかく言った者勝ち。最後に勝つのは正義の士ではなく、嘘でもハッタリでも声高に述べたてて、より多くの注目を集めた者なのだ──というような処世訓で世を渡ってきた男が、とうとうアメリカ大統領にまでなってしまった。
トランプに帝王学を授けた男──“悪魔”と取引した弁護士、ロイ・コーン
選挙の敗北を認めるつもりはない。ついに敵は外からやってくるばかりか実は国内にも潜んでいると言い始めた。「アメリカ人のほうがロシアや中国より危険」と主張しているそうだ。
トランプ氏は、保守系テレビ局FOXニュースの番組で、投票日当日に混乱が起きると思うかとの質問に対し、「より大きな問題は、外からやって来て米国を破壊する人々ではなく、国内に潜む敵だ」と指摘。これまで、米国に押し寄せている移民を糾弾してきたが、敵は国内にいるとの見方を示した。
トランプ氏、「内なる敵」への軍事力行使を示唆
このブログやQuoraでは「アメリカ中心の世界秩序が崩れつつあるのではないか」と書き続けている。おそらく中には「この人は反米思想がありアメリカに敵対心を持っているのだろう」と感じる人も多いのではないか。
今回の件も仮にアメリカ人がトランプ氏から離反しているという証拠があれば「極端な人(トランプ氏)にアメリカ全体を代表させるというのはいくらなんでも極端である」という批判を受け入れたい。
だが実際のアメリカでは同盟に対する懐疑が広がっていて「世界を守ってやっているのだから見返りが必要だ」と感じる有権者が増えている。
中東やウクライナに対する対応でも同盟優先主義の民主党政権よりも「トランプ氏のほうがうまくやってくれるはずだ」と考える人が多い。こうした人達は主に激戦7州に住んでおり大統領選挙の勝敗に大きな影響力を持っている。
REUTERSが激戦州としてあげているのが、
- アリゾナ・ネバダ
- ジョージア・ノースカロライナ
- ミシガン・ウィスコンシン
- ペンシルベニア
である。「産業の変化と人口動態の変化」という共通点がある。
この内、アリゾナとネバダはカリフォルニア州に近接している。経済成長について行けなくなった人々が周辺地域に移り住んだと考えることができる。サンフランシスコ(ベイエリア)もロスアンゼルスも住宅価格が高騰している。
アリゾナ州はもともとは共和党州だったが周辺からの住民が民主党敵価値観を持ち込み「紫化」している。ヒスパニック系の移住が多いとされていたがおそらく事情は少しづつ変わっているはずだ。ハリス氏がアリゾナで「共和党のスタッフをアドバイザリーボードに迎えます」と語ったのはもともと共和党が強い地域を考慮したという背景がある。
ミシガン・ウィスコンシンはシカゴのあるイリノイ州の周辺州である。ミシガン州のデトロイトは自動車産業が盛んな地域。
またペンシルベニアはニューヨーク・ニュージャージーに隣接する製造業が盛んな地域だ。日本製鉄が「うっかり手を出した」USスチールはペンシルベニア州に本社がある。バイデン大統領は「USスチールはアメリカが保有すべき」と主張しているがUSスチール側はどこかに買ってもらえないと工場が維持できないかも知れないと訴えている。
ジョージア州は事情が違っている。時事通信によるとウィスコンシン・イリノイ、ニューヨーク・ニュージャージーからアフリカ系の人たちが流入しているそうだ。
アメリカ合衆国はIT産業などで反映する両岸地域と内陸部での経済格差を抱えていた。しかしこの格差は固定されていてさほど大きな影響をあたえてこなかった。ところが繁栄する都市から人々が移動を始める。すると政治的風土が変わってしまった。古くからの住民たちはこの政治状況の変化に危機感を抱きそれを内なる敵と認識している可能性がある。
この感情的なリアクションとして「銃を持って身を守らなければならない」とか「聖書の教えを厳密に守るべきだ」との主張が生まれている。またトランプ氏は「製造業地域を守るためには関税という壁が必要」としている。メキシコとの間に壁を作り人口流入を止め、中国やメキシコとの間に関税の壁を作ろうというのが基本的な考え方である。
多くの日本人はそもそも英語ニュースを読まない。また政治的な問題というと「政治家の属人的な問題である」と考える傾向がある。つまり極端な思考はトランプ氏独自のものであって「アメリカ全土の問題と捉えるのは極端すぎる」と考える。だから日本人はこれまで通りにアメリカに頼った防衛政策を続ければいいと結論づける。日本人にとって変化という言葉はほぼ恐怖や破滅と同義語だ。アメリカの変化を直視したくない気持ちはよく分かる。
だからこそ「アメリカの価値観が揺れている」と主張しても「この人はおそらくアメリカを憎んでいるサヨク的な人であってそんな主張を受け入れる必要はない」と考察をRule out(除外)してしまうのだろう。
ただこれはアメリカ人だけの特徴ではない。
Quoraで話を聞くと「これはアメリカ全体の問題ではなくジョージア州など一部の州がおかしくなっているだけ」とか「共和党支持者がおかしいのであってアメリカの本来の価値観を代表するのは民主党だ」という人が多い。実際に株価が絶好調なこともあり「成功していない人がいろいろおかしくなっているだけなのだ」という成功者バイアスもまたアメリカの分断を加速しているように見える。アメリカ人の中にもアメリカの変化を直視したくないと考える人が多い。
トランプ氏はこうした状況を巧みに捉え自分の支持を拡大するのに利用している。