石破総理の発言がきっかけで急速な円安が進んだ。今度は政府による為替誘導を批判される危険性が高まるため石破総理は発言のバランスに苦慮している。一方でアメリカ合衆国はVIX(恐怖指数)が積み上がっている。10月恒例の動きだが今回はハリケーンという別の要素も加わるかもしれない。メディアの形が変わり投資行動に変化がある。メディアは政治に影響を与えるが伝統的な政治学では政治の本質とはみなされない。だが一連の動きを見ていると「メディアこそ政治の本質なのではないか」と言う気さえする。
高市トレードの巻き返しがあり一時円高・株安が進行した。石破総裁は懸念の払拭に躍起だったが為替は戻らなかった。ところが総理大臣に就任し植田日銀総裁と会談すると一気に3円も円安が進んだ。海外の投資家が見出しで取引していることがわかる。
見出しで取引など当たり前ではないかという人もいるかも知れない。
日銀文学という言葉がある。日経新聞記者の最初の仕事はおそらく日銀文学研究だろう。変化と責任を嫌う日本人は細かい言い回しの中に細かいニュアンスを込める。これを読み込めないと一人前の経済記者にはなれなかった。ところがこうした文脈は海外投資家には理解されない。
現在の市場は「当分円高はない」として円キャリートレードに注目する動きがあるそうだ。一方で「選挙が終わればまたもとに戻ってしまうのでは?」と警戒する人もいる。
アメリカではVIX(恐怖指数)が上昇傾向にある。10月にはその傾向が強いそうだ。だが今年は別のファクターも加わるかもしれない。8月にVIXが急上昇したことがあった。サーム・ルールと言われる雇用統計の変化が上昇のきっかけになっている。日米で株価が急落しFX投資家などが振り落とされた。
このときには「サームルールは黄色信号だが赤ではない」という結論になっている。気象災害により一時的に雇用が悪化し「黄色だったものが赤に見えたのだろう」と言う解釈だ。
そもそも政治的に不安定な状態が続きVIXが上昇している。加えて、ハリケーン・ヘリーンの死者が200名を越えている。また、港湾労働者のストが起こりアメリカではトイレットペーパーの買い占め騒動まで起きている。つまり8月のような状況が再現されVIXが急上昇する可能性は極めて高い。アメリカは大統領選挙を経てクリスマスシーズンに突入する。小売業に取っては最大の書き入れ時である。
大恐慌はラジオによって拡大したという説がある。商業ラジオ放送が普及すると人々は容易に株価情報に触れることができるようになった。第一次世界大戦後の経済復興期ということもあり株式投資への関心が高まると株価は急上昇を始める。するとラジオは「株式市場はどんどん上昇する」として人々を煽った。これが崩れたのが大恐慌である。経済が急速に悪化すると各地で「民族自立」運動が起き第二次世界大戦に向けた動きが加速する。
グローバル化とSNSによる情報の民主化が世界各地の投機熱を刺激し「見出しで投資する」人が増えている。ところが時代を遡ると同じようなことは過去にも起きていた事がわかる。
政治を語るとき「メディアが政治にどの様な影響を与えているか」を見る人は多い。だが、メディアによって作られた意味付けこそが政治の本質であるなどと主客を逆転する人はいない。
しかしながらこれまで「一定の人たちが事実に意味を与え」それを大衆が受け入れるという構造が成り立たなくなっている。
本来経済指標がもてはやされるのはどうしてだろうか。それは、人々の思惑よりも数字のほうが客観的で冷静だという前提があるからだ。ところが現代では同じ経済指標を見て「過熱した景気がもとに戻りつつある」という人と「これは景気後退の指標である」と解釈する人がいる。これが民主的に解釈され流れが決まると誰もそれに逆らえなくなる。
つまり民主主義は「こうした民意をまず政治が集約して意味を付け加える」という調整装置に役割は果たしていたことになる。ところが政治が自分たちの利己的な思惑を入れて解釈するようになると徐々にそれは誰にも信じてもらえなくなる。さらにどのように解釈しているかはネットで監視されている。これを利用して躍進したのがトランプ氏である。
- Trust In News And Government Has Plummeted, And That’s Good For Trump(フォーブス)
- Americans’ trust in media plummets to historic low: poll(Axios)
「物語(虚構)」こそが政治の本質だと定義するとその意味付けを与えるメディア(それは既存メディアだけでなくSNSなどを含む)こそが政治の主体であって本質であるという一種倒錯した世界が見えてくる。グーテンベルグが活版印刷を発明したことで聖書が大衆化されプロテスタント運動が起きたのと同じことだ。意味を支配していた人たちがメディアの変化に負けてしまうのである。
国連体制が崩れつつあるのも、5つの大国が世界で起きている紛争に意味を与えるという前提が成り立たなくなりつつあるからだ。
いずれにせよ、石破総理は自分の選挙キャンペーン中の発言が円安を招いたと理解していて疑念の払拭に務めていた。ところがこれに成功すると今度は「石破茂総理が為替誘導をしている」と批判されることになる。細かい文脈を理解できないのは海外投資家だけではない。アメリカの投資家やトランプ氏も文脈を理解しない。林官房長官は「金融政策は日銀が決める」と改めて強調した。
結果的に石破茂総理は何も言えなくなってしまい「自分の考えは日銀とそっくりそのまま同じである」と発言するに至った。
石破氏は3日、記者団に「(植田)総裁が政策判断に当たっては内外の金融市場や経済の状況を見極めていく必要があり、時間的な余裕があると説明している」と指摘。前日の発言について「私もそのような理解をしているということを申し上げた」と述べた。
石破首相、日銀総裁と同じ認識 利上げ否定発言で釈明(時事通信)
グローバル化したSNS民意が総理大臣の発言を支配しているのである。