戦略なき岸田政権がまもなく終わる。経済についても特に指針がない政権だったが国家安全保障も同様だった。岸田政権の戦略の不在は現地の日本人社会を不安に落とし入れている。
またロシアの領空侵犯についても毅然とした対応ができていない。次の政権の首班には(誰になるかはわからないが)それなりの安全保障戦略を求めたい。言葉ではなく実際の行動で示してゆくことこそが重要だ。
上川陽子外務大臣は中華人民共和国に柘植芳文外務副大臣を送り込んだ。自民党の大票田である郵便局長会の議員だ。彼が外務副大臣となったのはおそらくたまたまだろう。政治とカネの問題で安倍派の議員を交代させた後釜だった。岸田政権の本気のなさがうかがえる。交渉力など期待できそうにない。
上川氏は王毅外務大臣とも会談した。王毅氏は「中国には外国人を敵視する思想はない」と主張し上川氏の要請をはねつけた。中国外務省も「政治問題化すべきではない」と王毅氏の発言を踏襲したコメントを出している。安全リスクなどないというわけだ。
中国が自分の国の問題を認めたがらないことは明白なのだから、主張に実効性を持たせたいならば「中国からの撤退」を含めて迫るべきだった。撤退したくないならその場その場の爽快感だけを求めるネット保守を無視すべきだっただろう。
とにかく「批判されたくない」のが岸田政権の戦略だったが、これでは誰も満足せず何も解決しない。
ロシアの領空侵犯でも哨戒機の弾倉が開いていたと伝わる。だが、政府の対応は「注視する」だった。つまり何もしない。この政権は「丁寧な国民向けの説明」という名前の広報活動と国際社会への訴えかけに極度に依存する政権だった。そして突発的な出来事はすべて「注視する」で済ませてきた。
海上自衛隊の「すずつき」は何らかの事情で中国の領海に侵入した。政府は中国側に「気の緩んだ艦長がうっかり領海に侵入したから(事実上)更迭した」と伝えたようだ。現場がロシアや中国からの挑発活動(バイデン大統領に言わせれば西側をテストする行為)がさらされて緊張しているとすれば、その意志を汲み取らず切り捨てたことになる。だが自衛官は憲法枠外の存在なので政治的な発言はいっさい許されず黙って処分を受けるしかない。彼らには彼らの思いがあるはずだがそれは伝わってこない。
中国には中国なりの事情がある。経済が著しく悪化している。最近大規模な財政緩和政策を発表したばかりだ。株価の下支えなども行うようだが「日本と同じ様な流動化の罠」にはまるのではないかとの懸念が高まっている。
アメリカとヨーロッパを中心に「デカップリング」の動きがある。中国は「スパイ名目」で気に入らない人を逮捕する危険な国だと宣伝され「中国にとどまるべきではない」という論調が作られつつある。中国はこれ被害者意識を持っており、今回の一連の事件もその文脈で捉えている可能性がある。
これがよくわかる小さな記事があった。在日本中国大使館が日本で反中国感情が広がる恐れがあると宣伝している。やられたらやり返すのが中国式だが、それだけ気にしているのだ。もともと中国政府は個人(この場合は被害者男児の家族)のことなど気にしない。重要なのは集団のメンツだ。
中国国民のうち富裕層は面倒な政府批判などしない。資産を海外に逃がし「投資目的」で安全な国である日本に拠点を移す人達も出てきた。日本人が培ってきた安全にフリーライドしている。
日本人の安全保障についての考え方は人それぞれだ。まず「戦争は絶対悪だ」と考える人達がいて憲法改正に反対している。彼らも実際には憲法の枠外に置かれた自衛隊の日々の活動に依存しているが、それには全く興味を持たない。戦争を直視したくないため「現在どんな戦争が起きているのか」にも興味がない。
一方で「とにかく日々の爽快感を得る」ことを目的にした人達もいる。彼らはおそらく政治を少年ジャンプのように理解している。ナメられたら終わりなので強気に出るべきと考える。少年ジャンプの中ではこれは「戦略」なのだろう。次週の戦いは次週考えればいい。
今回の岸田政権の対応は彼らの声に反応している。「保守層」を離反させたくないのだろう。だが「保守層」が爽快感だけを求めているとは理解していない。だから保守層は今回の岸田政権と上川陽子外務大臣の対応には不満を持っているはずだ。
戦略なき岸田政権はこうした人たちを増長させる可能性がある。
候補の中には「ナメられたら終わり」と主張する人もいる。またかつてはナメられたら終わりと言っていた人が「ネトウヨの言うことばかり聞いてはいられません」と批判している。実際に「ネトウヨ」と発言したようである。党内でのプレゼンスを獲得するために彼らを利用したつもりだったのだろ。これはかつて共和党エスブリッシュメントが使った手法である。トランプ氏が共和党の乗っ取ったようにネトウヨもまた自民党を乗っ取ってしまうかもしれない。
だがその他大勢はそもそも日本の安全保障にはあまり興味がない。とにかくアメリカに付いてゆけばこれまで通りの平和が維持できると考えている。「現状維持で何もしない」ことが戦略だというわけだ。
現在、イスラエルとレバノンの間で激しい戦いが繰り広げられている。この地域は戦争と戦争の間の時期(これを「平和」と呼ぶ人もいるが)を相互に繰り返している。だが状況は確実に変化している。アメリカとヨーロッパの存在が相対的に弱くなった。NATO加盟国でもあるトルコのエルドアン大統領は国連で「西側価値観は瀕死」と訴えた。圧倒的な経済優位性で「発展途上国」を抑えてきたG7体制は今や過去のものになりつつある。
これまで様々な国内情勢を見てきた。政府が何もしない・何も決めない中で政治への期待が薄らぐ。すると国民は「社会には頼れない」と考えて節約志向を高める。これがいわゆるデフレマインドにつながり経済が成長しなくなるという図式がある。少子高齢化、経済の低成長、地方の縮小などはすべてこの図式で説明ができる。
中国の日本人社会は大きな不安を抱えているそうだ。日本のテレビも伝えていたがついにBBCまで「中国の日本人コミュニティーで不安広がる 日本人学校の男児刺殺」と記事にしている。政府は形ばかりの支援を約束するが何もしてくれない。日中関係は政府要人と経済の重鎮が支えているわけではない。実際に日中関係を支えているのは不安に怯える一般人だろう。
また彼らも戦略なき政治に失望し「日中関係」から離反してゆくのかもしれない。