アメリカ政治に詳しい人は「民主党は労働者の政党で共和党は企業よりだ」と説明することが多い。また「共和党はタカ派で民主党はどちらかと言えば穏健派」と説明する人もいるだろう。
だがどうもその常識が成り立たなくなっている。トラック運転手の労働組合「チームスター」がハリス氏を支援しないことを決めた。組合員のほぼ60%がトランプ支持を表明したためだ。一方でハリス氏は「共和党から100名の離反者が出た」と発表している。安全保障や外交などを担当する人たちがトランプ陣営から離反している。
二大政党制の形は維持されているが、その基礎になっていた前提条件が崩れつつ得あるようだ。
トラック運転手の労働組合「チームスターズ」がハリス支持を明言しなかった。
このニュースは大手メディアで盛んに取り上げられている。一部とは言え労働組合がハリス支持を打ち出さなかったというのはやはりインパクトのあるニュースだったのだろう。
組合員に聞くとトランプ氏を支持する人が60%程度いるが幹部として共和党支持を明言できなかったのだろう。組合の中には地区単位でハリス氏を支援するところもあるそうだ。民主党は環境問題にも熱心に取り組んでいるがガソリンに依存するトラック運転手には負担を強いることになる。
オブライエン会長の立場は苦悩に満ちている。トランプ氏は従業員に対する厳しい姿勢で知られるイーロン・マスク氏と意気投合し「ストをやるなら解雇されても文句は言わないんだろうな」という趣旨の発言をした。民主党支持の自動車労組は「労働者への脅迫だ」としてトランプ氏とマスク氏を提訴している。
幹部はスト権と言う既得権を守りたい。だがそれでも組合員は幹部たちの言い分を聞き入れなかった。それだけ今まで通りの暮らし(エネルギーをバンバン使いガンガン消費もする)というアメリカンスタイルを守りたい中間層が多いことがわかる。長年培ってきた価値観は急速には変えられない。
オブライエン会長は声明で「残念ながら、いずれの主要候補もわれわれの組合に対し、労働者の利益が常に大企業より優先されることを確約できなかった」「われわれはトランプ、ハリス両氏に、重要な組合運動や基幹の業界に干渉せず、組合員のスト権を尊重するよう求めたが、約束を取り付けられなかった」と述べた。
全米トラック運転手組合、大統領選で支持候補を表明せず(CNN)
ABCはこのニュースを「共和党の一部がハリス氏支持に転じる」というニュースと抱合せで報道していた。リベラル系メディアとしては一方的にハリス離れが進んでいると見せたくない事情もあったのかもしれない。テイラー・スウィフト氏がハリス支持を明言したことで若者が有権者登録を行っている。この勢いを削ぎたくないと言う気持ちもあったのだろう。バイデン氏で躓いたリベラル陣営は11月初旬に行なわれる大統領選挙までハリス氏を失速させたくない。
ハリス氏は「自分が大統領になれば共和党からも閣僚を取り立てる」と言っている。かつてネオコンと言われたディック・チェイニー氏がハリス支持を明言したことをきっかけに共和党内部でも大きな変化が生じているようだ。
共和党の離反の理由はいくつかあるだろう。
トランプ氏は不規則発言で知られる。いわば狂人戦略でアメリカの国益に有利な状況を作り出そうとしている。しかしこの戦略は伝統的な共和党の同盟維持路線とは相容れない。ガーディアンの記事を読むと共和党のエスタブリッシュメントたちは本気で同盟への影響を心配しているようである。
“We firmly oppose the election of Donald Trump. As president, he promoted daily chaos in government, praised our enemies and undermined our allies, politicized the military and disparaged our veterans, prioritized his personal interest above American interests, and betrayed our values, democracy, and this country’s founding document,” the letter added.
More than 100 ex-Republican officials call Trump ‘unfit to serve’ and endorse Harris
また文中に「disparaged(屈辱した)」という言葉も出てくる。トランプ氏は軍人に与えられる勲章を「戦争で不健康になった人なら誰でももらえる勲章」などと揶揄し退役軍人から批判されていた。在任中も(軍の最高司令官でありながら)「戦没者は生きて帰れなかった負け犬だ」と表現したとされている。自分は神に護られた特別な存在であると考え戦争の犠牲者を「結果的に生き残れなかった負け犬」と下に見ている。
いかなる戦争も軍人の自己犠牲なしに成り立たない。権力者は「戦争の犠牲者は民主主義を守る英雄」という物語を維持する必要があるのだからトップにもその物語をぶち壊してほしくないと感じるだろう。
さらに一部の保守団体は「プロジェクト2025」と言う計画を持っている。トランプ氏を称賛する人を中心にした政府を作るという計画で、既得権を持っている人たちが仕事を失いかねない。
こうした様々な事情があり、これまで共和党支持だったエスタブリッシュメントが民主党のハリス氏と手を組み始めている。同盟とアメリカの優位性の維持、犠牲者は英雄であるという物語の維持、仕事の維持などその動機は様々だ。
アメリカは建前上は民主主義の国ということになっている。だがやはりそこには「建前を利用して権力を維持したい」という人達もいる。こうした人達はかつて「生活者の党」だった民主党に期待を寄せる。一方で共和党はかつては非主流の砂粒のような存在だったティーパーティから発展したMAGA(アメリカを再び偉大に)運動に乗っ取られつつある。
自民党政権は同盟重視の共和党を好む傾向にある。第一期トランプ政権はかろうじてこの期待に応える政権だった。だが、おそらく二期目はそうならないだろう。一方の民主党政権ができても安全保障という観点から見ればかつての民主党ではない可能性がある。