夫婦別姓問題を例示し「自民党総裁選挙は実は争点を潰している」と書いた。自民党にとってはいかに選挙を乗り切るかが重点事項なので「改革派に見える」のは構わないが「実際に改革されては困る」からである。
一方で世襲議員たちの本音も見えてきた。それが「解雇規制撤廃」だ。議論が進めば進むほど世襲議員たちの本音が暴露される。
これまで岸田政権はできるだけ世論を刺激しない戦略を取っていたが次の政権次第では「国民対政治」という対立構造が生まれる可能性もある。フランスでは見られる構図だが、日本人はこの恐ろしさをまだ知らない。
この「解雇規制」については維新が盛んに提唱している。「上が詰まっている」と閉塞感を持った若手労働者にとっては希望に見えているようだ。この主張を取り上げ自民党に吸着しようとしたのが河野太郎氏である。もともと改革派の印象があるためこの時点は「意外と自民党の中にすんなり取り入れられるかもしれないな」と感じた。河野氏の改革提案には唐突で極端なものが多い。それがもう一つ増えた程度では驚きはない。
しかし、決選投票に残る可能性が高い小泉進次郎氏が同じ様な政策を取り上げたことで一気に国民の関心が高まった。その反応は意外にもネガティブなものが多かった。
維新と河野・小泉氏では立場が違う。これが反応が分かれた理由だろう。
維新は既得権益打破を打ち出して党勢を拡大してきた政党だ。このため規制緩和は改革の文脈で捉えられる。しかし河野太郎氏も小泉進次郎氏も父親は有力政治家だ。河野太郎氏の父は総理大臣にはなれなかったものの自民党総裁だった。小泉進次郎氏の父親は小泉純一郎氏である。いずれも恵まれた立場の人であると認識されている。銀の匙を加えて生まれてきた人たちが問題を労働者に押し付けて労働市場を不安定化させると捉えられてしまった。
河野太郎氏は改革派のイメージを打ち出すために確定申告義務化提案もしている。河野プロジェクトの1つであるマイナ保険証問題は今回の総裁選でも議論になるくらい出来が悪く「国民生活を混乱させる」要因とみなされている。議論は波紋を呼んでおり河野氏にとってはネガティブなインパクトが出ている。
一方の小泉進次郎氏は「自分は解雇規制・自由化など訴えた覚えはない」と釈明し専門家からは「議論が破綻している」などと批判されている。
小泉進次郎氏はその場を和ませ活気づかせる発言は得意だがその分だけ発言に政策的な中身がない。今回の修正を「ごまかし」と捉える人もいるだろうし「そもそも中身がわからずに発言しているのでは」と考える人もいるだろう。
この議論はネットの政治リテラシのなさもありさらにややこしい展開になっている。小泉・竹中路線という用語を知っている人がいて、小泉進次郎氏が竹中平蔵氏の言いなりになるだろうという(おそらく間違った)「観測」も生まれている。
小泉進次郎氏が成功するかどうかはその後ろ盾となるチームがどう機能するかにかかっているが、ブラックボックス化している。今の段階では製造責任者の菅義偉氏がアフターフォローしてくれるかも怪しい。岸田総理でさえ具体的に批判されたのは政権を担ったあとだった。総裁選挙の段階でこれほど批判されるところに一種の才能さえ感じる。
今回の総裁選挙の最大の誤算は議論の期間が長過ぎることだ。岸田総理の外遊日程を考慮したと言われているようだがつぶしあいの時間が長引けば長引くほど議論が迷走するという計算もあるかもしれない。これで最もトクをするのは降ろされた岸田氏である。岸田氏は総裁選挙で刷新感が出すぎても困る立場なのだ。自分の政策が過去になってしまい影響力が行使できない。
いずれにせよ恵まれた立場にいる世襲議員2名が「日本の経済が停滞している理由は労働者が解雇規制で守られているせいだ」と考えていることは間違いがない。全ては怠けている国民が悪いというわけだ。
では、政治の側は経済問題を打開するために何に取り組んでいるだろうか。もちろん経済対策にも取り組んでいるが、そのアイディアの中核は一時しのぎの物価高対策に限定されている。
茂木幹事長が「メリハリの効いた物価高対策を行う」と提案しているそうだが、これは政権が都合の良い分野に補助をするということを意味している。いわば選挙対策である。公明党はもっと露骨に「クーポンを配るべき」と言っているそうだ。
日本の有権者は政治に期待しなくなっており「暮らしを縮小して難局を乗り切るべき」と考え始めている。岸田総理はできるだけ対立点を作らない方針だったため国民の対応は冷静である。
石破氏のように「地方で話し合って決めてゆきましょうね」という総理大臣が出ればそれほどの対立は生まれないだろう。だが石破氏が政権を担ってもおそらく防衛造成の議論が始まれば国民の反発は高まる。コメの値段が上がり諸物価の値上げも表面化する中での増税議論になるからである。
「改革派」の総理が誕生すると「国民対政府」という対立軸ができてしまう可能性がある。ここに受け皿となる野党が現れなければ「国民対政治」の対立となるだろう。
エリートが政治を担っていたフランスではすでにその様な状況が生まれている。既成保守を改革すると宣言した鳴り物入りのマクロン氏だったが実はエリート養成校の出身だった。彼の年金改革提案はイエローベスト運動を生み出し左翼を活性化させた。しかし左翼が主流派になることはなかった。次に出てきたのが反移民・反EUの右翼だった。この政党はEU選挙では大勝したものの議会選挙では主流派が取れなかった。結果的にどの政党も主流派になれない状況が生まれており各地でデモも起きている。