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報復関税に傾斜するアメリカ人 アメリカの経済覇権の終わり

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まもなくABC主催でハリス氏・トランプ氏のテレビ討論会が行なわれる。前回のCNN主催の討論会が悲劇的破綻に終わったこともありABCはかなり神経質になっているようだ。トランプ氏の主張は嘘ばかりだが7回も討論会を経験しているなどと盛んに予防線を張っていた。

民主主義の本場アメリカではテレビ討論が政治に大きな影響を与えることがある。仮に国民が正しい知識を持っていれば「民主主義が健全に機能している」と肯定的に評価すれば良いのだが、現実は必ずしもそうはなっていない。

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民主主義の本場であるアメリカ合衆国では民間のジャッジで今後の政策が大きく変わる可能性がある。

だが、経済メディアはこのところ関税議論の高まりに懸念を表明するようになった。経済を少し勉強した人なら報復関税が悪夢であることはわかる。だがアメリカの国民全部が経済の専門家というわけではない「水は低いところに流れる」の例え通りわかりやすくまちがった政策に誘導される場合がある。

ABCはハリス氏が照明付きの舞台を作り模擬討論会を行ったと報道している。バイデン大統領の討論会は悲劇的な失敗に終わり「スタッフは何をやっていたのだ」と批判された。国際的なイベントが多く十分な練習時間が取れなかったのではないか等と言われている。

ハリス陣営が神経をとがらせるのはこれが彼女にとってのデビュー戦となりファーストインプレッションにつながるからである。第一印象こそすべてなのだ。

Harris continues to hunker down in Pittsburgh, engaging in mock debates on a stage with full lighting that has been established in her hotel to help stimulate Tuesday’s environment.

Harris, Trump campaigns spin expectations ahead of ABC News debate(ABC)

現在のアメリカではますます「いかに一般有権者にアピールするか」が重要視されている。そんな中、トランプ氏の経済政策を心配する声が出てきた。

トランプ氏は関税を外国に対する懲罰だと考え関税によってアメリカの企業は守られると説いている。アメリカは常に外国から狙われており対抗のために省きが必要だと言う世界観がある。

この外国に対する被害者意識は日本製鉄のUSスチール買収でも明らかになった。まず1980年代的な経済認識を変えていないトランプ氏がUSスチール買収を批判する。エコノミック・アニマルの日本がアメリカの性交を盗もうとしていると言う基本認識があるのかもしれない。

それに追従してバイデン政権も対応を迫られることになった。実際にUSスチール計画が白紙に戻ると製鉄所の閉鎖などの可能性が出てくるそうだが、それよりも「アメリカ人の魂を日本に売り渡してはならない」という心情のほうが勝ってしまった。このため買収阻止は「安全保障上の理由」であると説明されている。

トランプ氏の「ベース関税」は自由主義・民主主義陣営にとっては貿易停滞などのネガティブなインパクトが大きい。しかしながら悪影響はこれだけにとどまらない。トランプ氏はドルを防衛するために脱ドルの国に対して報復関税をかけると言っている。

仮に報復関税を受ける国が1つであれば経済制裁を通じて孤立化させることも可能だろう。しかし例えばBRICSが揃って脱ドルに向けて動くと却って脱ドルのインセンティブと結束を強めてしまう効果がある。コメルツ銀行が警鐘を鳴らしているのはそのためである。

つまりトランプ政権は自由貿易の侵害と脱ドル化を図る国への報復という2つの試みによって自らアメリカの経済覇権を手放しつつあるということになる。

ここでハリス氏が「トランプ氏の政策は間違っている」と指摘すればアメリカの経済覇権は守られるかもしれない。しかし、時間が限られたディベートで合理的かつ冷静に説得することは難しい。むしろ強いトーンで相手を非難し主張を無効化することのほうが効果的だし、そもそも検事出身のハリス氏には実務家能力ではなくトランプ氏をやり込める役割が期待されている。

日本製鉄の買収事案からわかるようにわかりやすいトランプ氏の挑発に一部乗らざるを得ないと言う事情もある。REUTERSは次のように書いている。

まずアメリカ合衆国は(理由はよくわからないが)外からの脅威に対して敏感になっている。日々のニュースを読む限り中間層が転落の危険性を感じており中には本当に家庭が崩壊しつつあると感じている人達もいるようだ。脅迫的な心情を持ちながら日々のニュースを読み心配をつのらせている人たちも多いのだろう。だから「関税のデメリットよりも脅威のほうが重要」とみなす人が1/3に上昇しているのだ。

バイデン氏が関税を一部引き継いだことでハリス氏がそれを否定するのは難しいだろうと言う観測が付け加わる「バイデン大統領はトランプ氏の政策を肯定したからこそ関税を引き継いだのだろうというわけである。

より大きな問題は、これらの反対意見が総じて抽象的なため、有権者が大して気にしていないことにある。つまり輸入関税の実現を阻む力にはほとんどならない。ギャラップが2022年に行った調査では、貿易はチャンスよりも脅威の方が大きいと答えた回答者が3分の1を超えた。トランプ政権が18年から20年までに導入した関税のコストの重さを示す証拠は枚挙にいとまがないが、バイデン氏が政策を継続したことで、自由貿易の妥当性を訴えても有権者の票を集めにくくなっている。

コラム:トランプ氏の高関税案、単純明快さの裏に危険性(REUTERS)

このためどちらが勝っても自由経済市場に何らかのブレーキが掛かることは明白だが主張があまりにも単純で「わかりやすい」ためにその修正は難しいだろうと専門家たちは懸念を強めている。「自分たちの生活は外から破壊されようとしている」と冷静さを失った民意によって経済覇権を自ら手放しつつあるという問題もあるのだが、自由貿易の恩恵を受け発展してきた日本にとっても悪影響は大きい。

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