トランプ氏がイーロン・マスク氏を「政府効率化委員会のトップ」に指名すると発言し話題になっている。効率化と言うと聞こえはいいのだが、委員会を作って自分たちが気に入らないものを破壊するということだ。トランプ政権を見越してプロジェクト2025という政府高官の置き換え計画も進んでいる。
アメリカ国民はこのような無謀な計画に反対するのではないかと思えるのだが、現実にはそれを支持する人も多い。背景には普通のアメリカ市民が抱える不安があるが、メジャーなヘッドラインからは伝わってこない。
ジョージア州の学校で銃撃事件がおきた。日本では「ああまたか」という程度の扱いなのだろうし、詳細までは伝わってこない。このため日本人にはこの事件の背景にある絶望的な状況を知る機会がない。
コルト・グレイ容疑者(14歳)の家庭は不和だった。父親と麻薬所持の前歴がある母親が激しく親権をめぐって罵り合っている。学校が脅迫されると言う事件が起きコルト・グレイも捜査対象になったがこのときには起訴されなかった。SNSのDiscordにあるアカウントとコルト・グレイの関係が証明できなかった。SNSの内容は「トランスジェンダーの扱いに不満がある」というものだった。父親が息子の言動について何を知っていたかは不明だがクリスマスプレゼントとして銃を送っており十分な監督なく息子に銃を所持させた容疑で逮捕されている。
家庭環境が安定しないなかで社会問題に触れた少年が歪んだ気持ちをつのらせていったのではないかと想像できる。
この家庭環境は、JDバンス共和党副大統領候補の著作「ヒルビリー・エレジー」によく似ている。ヒルビリー・エレジーは白人中流階級の転落を書いた自伝的物語だ。バンス氏はやはり両親の家庭不和に悩まされ祖父母に育てられた。バンス氏はこの著作で有名になりついにトランプ氏のランニングメイトに上り詰めた。中にはトランプ王朝の後継者になるのではないかという人もいる。彼のプロフィールに共感するアメリカ人が多いことがわかる。
バンス氏はこの境遇から脱却するためにイラクへの出兵に参加した。そこで学費を稼ぎ弁護士となりエスタブリッシュメント入りを目指すことになる。イラクでの経験を経て「政治のエスタブリッシュメント」の偽善に気がついたとされている。当初はオバマ氏を信奉するがそのうちに失望しトランプ氏に傾倒していった。
トランプ氏を襲ったクルックス容疑者の家庭には拳銃が14丁もあったそうだ。どれも合法的に所有されていたそうだが一般的に考えると護身用に銃は14も必要ない。不安な家庭環境が浮かぶ。もちろん、クルックス家の両親は不和ではない。母親には視覚障害があり両親は助け合って暮らしているようだ。
もちろんこれがアメリカの一般的な家庭環境であるなどと主張するつもりはない。だがアメリカではこの程度の家庭崩壊は決して珍しいものではないのだろうと感じる。転落すると底が全く見えない環境に落ちてしまう「底のない」社会なのだ。
潜在的な墜落の不安に苛まれている人たちは日々民主党と共和党の罵りあいを目にしている。ではそれはすべて根拠がないものなのだろうか。
典型的な民主党州であるニューヨーク州の州知事の側近が中国共産党のエージェントであるとわかった。ホークル州知事は「騙された」と言っており長い時間をかけてこの問題からの切り離しを図ってきた。だが、側近と夫が贅沢な暮らしをしていたことは周知の事実だった。
今度はニューヨーク市の高官複数名がFBIの強制捜査を受けた。ニューヨーク市長には選挙キャンペーン絡みの疑惑とは関係がなく」「具体的に誰かが起訴されているわけではない」ため騒ぎはそれほど大きく広がっていない。ちなみに選挙キャンペンの問題では取ることの影響が取り沙汰されている。
アダムス市長は警官出身で「ニューヨーク市を安全な街にする」ことが期待されている。しかしながら「裏ではなにかやっているのではないか」という疑惑が払拭できない。
ニュージャージー州選出のメネンデス議員(民主党)もエジプトからの収賄容疑で有罪評決が出ている。
検察によると、エジプトやカタールなどの政府とかかわりのある実業家たちが、エジプトへの政府援助を確保したり、カタールの投資ファンドから数百万ドルを得たりする目的で、メネンデス議員に働きかけた。引き換えにメネンデス議員は、10万ドル(約1580万円)以上に相当する金の延べ棒などを受け取っていたという。
米民主党の上院議員、収賄罪などで有罪評決 ニューヨーク連邦地裁(BBC)
おそらく問題なのは高い人権と民主主義擁護を掲げて当選した民主党系の政治家たちに証明もできないが払拭もできない疑惑がついて回るという点にある。また「外国との不適切な関係」が多いのも特徴だ。もちろん全ての民主党の政治家がそうであるなどとは思わないが、共和党はこれらの問題を指摘し「民主党は汚れている」と喧伝するだろう。清廉さを前面に打ち出している分だけなにかわかったときのインパクトが大きくなってしまうのである。
背景には日本では想像もできないような転落の恐怖があり(日本のような国民皆保険制度がなく銀行へのアクセスがないという人もいる)実際に政治的なスキャンダルもある。こうした状況下で人々はなんとか自分の生活を守らなければと考えるようになる。
そこで人々は「エスタブリッシュメントが外国と組んで自分たちから大切なものを盗もうとしている」と考えるようになる。だが日本のメディアはあまりこうした情報を扱わない。どちらかと言えばリベラル系のメディアの報道を好み「ハリス候補のほうがトランプ候補よりも優勢である」という伝わり方になる。
トランプ氏の経済対策の「エネルギー」の項目には次のようなフレーズがある。多額の献金が期待できるエネルギー企業を優遇するためのあからさまな利益誘導だが「環境問題・気象問題というありもしない問題を隠れ蓑にして政府高官が利益を貪っている」と問題を置き換えている。政府高官は盗人であり、これはアメリカ市民にとっては「国家の安定に関わる緊急事態だ」というわけだ。
国内のエネルギー供給を強化するために国家非常事態宣言を出し、新規エネルギー事業における官僚的なハードルを取り除くとした。
情報BOX:トランプ氏の経済政策、歳出削減へマスク氏起用や法人減税
日本製鉄のUSスチール買収のブロックも「安全保障上」が理由になっている。アメリカの高官たちが外国の影響を受けてアメリカ人の大切なものを盗もうとしていると言う構図ができている。感情的な主張であればあるほど払拭は難しい。
日本からアメリカの政治を見ていると「なぜトランプ氏がこれほど支持されるのだろうか」と違和感を持ってしまう。アメリカ人が潜在的に抱えている「足元の崩壊」と「潜在的な盗まれる恐怖」はなかなかメジャーなヘッドラインでは伝わりにくいものがある。
こうした状況を踏まえると「マスク氏に大胆なコストカットを求める」というトランプ氏の主張も一定の支持を受ける可能性があるということになる。