茂木幹事長が自民党総裁選挙出馬表明を行った。明治維新以来「富国強国」路線が国是だった日本においては、もっとも合理的かつ国家観のある総理総裁候補だが、岸田総理の進めてきた増税を否定したために「明智光秀」扱いされている。
現在の自民党の行き詰まりが感じられる。
- 岸田総理が設定した防衛増税と子育て支援の負担増は凍結する
- 円安で価値が膨らんだ外貨を財源の1つとする
- 仮にこれが達成できない場合は3年で辞める
目標を経済成長という「結果」に定め結果が出ないと辞めるといっている。もっとも合理的なアジェンダ設定である。財源について触れている媒体は少ないがBloombergは外為特会が財源の一つになると紹介している。
茂木氏は防衛力強化や子育て支援策自体は「しっかり進める」と説明。新たな財源としては、為替相場の急激な変動に対応するための「外国為替資金特別会計(外為特会)」の外貨資産など税外収入を活用する考えを示した。
防衛増税を停止、岸田政権から方針転換で独自色-茂木氏が出馬表明(Bloomberg)
他の候補者は結果にコミットできないためプロセスにこだわっている。また岸田総理は最初から再選が念頭にあり何をやっても「再選狙いなのだろう」と評価されなかった。これを傍で見てきた茂木幹事長は「ああそうじゃないのになあ」と思っていたのだろう。つまり岸田総理の失敗を最も間近で学んできた人といえる。
茂木氏はまた「半年以内にデフレ脱却宣言を行う」と宣言した。すでにインフレ状態に突入しているためこれも妥当な判断だろう。
茂木氏はハーバード大学を卒業しマッキンゼー勤務を経て平成維新を謳う大前研一氏に共感し政治家を目指した。この背景から彼が合理的に目標設定することには違和感はない。これまでは麻生太郎氏と行動をともにしてきたため合理的な面が発揮されることはなかったが「支援しない」と言われたことも結果的には良かった。財務省の敷いた増税路線に乗らなくても済む。
党内では早くも波紋が広がっている。まず「岸田総理とともに行動していたのにその政策を裏切るとは何事だ」という感情的な反発がある。つまり明智光秀扱いされている。岸田総理は茂木氏が内心で何を考えているかよくわかっていなかったようで「驚いていた」そうだ。何を考えているのかよくわからないままに幹事長に据えていたのだ。
また、アメリカ合衆国との約束を反故にすることに対する懸念もあるようだ。小野寺五典氏と林芳正官房長官が懸念を表明している。
確かに民主党のハリス氏が大統領になった場合には交渉が必要になるだろう。茂木幹事長は「本職交渉家」なのでおそらく実務的な懸念は最も低いと考えられる。
問題はトランプ氏だ。そもそも極東情勢に興味がなく「台湾は警備費用をアメリカに支払い半導体のしごとをアメリカに返すべきだ」との発言を繰り返している。アメリカの支援がなくなれば「中国とうまくやってゆくべきなのでは?」と考える台湾人は増えるだろう。
また、日本関連では「日本が再軍備を始めたから第三次世界大戦の可能性が高まった」と発言している。毎日新聞が取り上げているが発言のこの箇所はあまり注目されていない。単にトランプ氏が海外情勢に関心がなく従って無知であるということを示しているだけだ。むしろ「自分が大統領になればウクライナの戦争をすぐに終結させられるが今はその秘策を明かせない」とする発言が出回っている。
狂人戦略の大統領と対峙する場合、新しい総理大臣はトランプ氏の側近に対してトランプ氏が好むような落とし所を提案する必要がある。茂木氏はその意味では最も適性のある総理大臣候補と言える。
よく中国に対して厳しく対峙する人が「国家観がある人」と表現される。しかしながら、実際の日本は中間層を厚くし経済成長を通じて国際的なプレゼンスを維持してきた通商国家である。だから「経済成長という結果にコミットする」ことこそが最も国家観がある人なのではないだろうか。
茂木氏が麻生太郎氏と(少なくとも表面上は)決別したのと対象的に河野太郎氏は政策の打ち出しに苦労している。「すべての人に確定申告を」と言う提案はネットで叩かれている。アメリカでは普通に行なわれていることなので個人的には特に抵抗はない。だが河野氏が手を付ける改革はことごとく混乱している。地方や末端組織などが全く付いてくることができていないからである。今回もマイナンバーカードを使えばいいと発言しているが「健康保険証問題はどうなった」と叩かれている。河野氏の弱点は「トラックレコード(経歴)」と「麻生太郎」ということになる。
河野太郎氏は何が一番インパクトが有るかを考えて目標設定する政治家だがプロセスやゴールにあまり興味がなくしたがってプロジェクトが混乱する。
とはいえ、茂木氏にもいくつか懸念がある。
第一に「平成維新」はもともと規制緩和政策である。つまり新自由主義的な側面が強い。河野太郎氏の新自由主義的な発言は若年層のウケを狙ったものだろうが、おそらく茂木氏は「ガチ」である。なりふり構わぬ経済成長路線を突き進むとなれば(なにせ自分のクビがかかっているのだ)日本が進むべき道も自ずと定まってくるが、地方に支えられた自民党(支援者も議員も)この路線にはついて行けないだろう。
今回、茂木氏は政策活動費の廃止を訴えているが自民党幹事長として政策活動費を扱っていた。つまり、当事者だったわけである。これまで政策活動費を受け取っていた人たちは茂木氏を支援しないだろうし世論も茂木氏を守旧派と認識しているはずである。自分は使っておいて後任には使わせないのかということになりかねない。
また茂木氏は優秀すぎるが故に周りを萎縮させてしまう傾向がある。つまり実務家としてはリーダーとしての人望がない。旧竹下派の茂木派からは離反者も出ている。今回岸田総理の傍にいながら岸田総理の政策をひっくり返したことで「明智光秀批判」が高まることが予想される。
つまり、茂木氏が総裁になった時点で「茂木氏についてくることができない」人たちが一斉に反乱を起こす可能性がある。下手をすれば自民党は分裂するだろう。
党内人気がなく世論調査でもあまり支持されていないのだから、国民が茂木氏の言う「経済成長」を信頼しなければこのまま失速してしまうだろう。だがその過程で「自民党は改革に後ろ向き」という評価が定着する。
逆に「茂木氏を支援すれば負担増は避けられるのか」と期待する国民が増えると無能派(自民党の人気にあやかって議席が獲得できていただけの国会議員や地方議員たち)が離反し政党が分裂する可能性も否定できないということになる。
これまでの自民党総裁選挙は一種の顔見世談合だったが、茂木氏が高いゴールを設定したことで一気に緊張度が高まった。
いずれにせよ、日本は伝統的な国家観である「経済を通じて国家を成長させる」と言うスローガンを掲げた総理・総裁候補が「明智光秀扱いされる」という極めて不思議な状態になっている。それだけデフレ時代が長かったということなのかもしれない。
ただデフレ(正確には低成長)は安定とも捉えられる。既得権を持った人たちにはある種心地よい「ゴルディロックスゾーン(適温で生命が住みやすい環境)」ができている。茂木氏の「デフレ脱却」はこの心地よさからの決別を宣言するものなのである。