イスラエルがレバノンとイランの首都をそれぞれ空爆した。ベイルートではヒズボラの幹部が殺害されたが、テヘランではハマスの最高幹部ハニヤ氏が殺害された。空爆と言っても絨毯爆撃のようなものではなく精密誘導弾で狙い撃ちにしたようだ。
アメリカ合衆国で言えばバイデン大統領の就任式典のゲストを狙い撃ちしてワシントンDCが爆撃されたのと同じ状況である。当然イラン側は報復を宣言した。アメリカは今回の件に非常に当惑している。イスラエルはハニヤ氏殺害についてコメントを出していない。
ガザ停戦は完全に頓挫
「犯行声明」は出していないがイスラエルは交渉当事者の1名を殺してしまった可能性が高い。カタールとエジプトは「交渉当事者が殺された以上外交交渉などできない」と言っている。ところがイスラエルは「自分たちから交渉を降りることはない」と主張している。目が据わった状態になっており一抹の狂気すら感じる。
今回の行動で最も顕著なのはこのネタニヤフ首相の狂気である。明らかに落とし所のない戦争に突入しつつあり混乱状態にある。
ただし一つひとつの行動は自分の生き残りに焦点を当てた極めて冷静なものだ。この狂気と冷静で戦略的な判断はウクライナに侵攻したプーチン大統領に非常によく似ている。
アメリカ合衆国はこの状況を扱いかねている。プーチン大統領のウクライナ侵攻の覚悟も読み違えていたが、今回もネタニヤフ首相の覚悟を軽視していたようだ。Axiosによるとブリンケン国務長官は「何も知らされていなかった」と釈明するのが精一杯で「very hard to speculate” how it would impact the war.」と述べた。つまりこの先何が起きるかわからないができるだけ和平に近づくように努力するとの見解だ。ブリンケン国務長官は先に「ガザ和平は残り10ヤード」との見解を述べていた。
イランの暴発の可能性
今回の問題でイランも厄介な状況に巻き込まれた。
イラン経済はアメリカの経済制裁によって困窮している。これがペゼシュキアン大統領という「改革派」(つまりアメリカ合衆国と交渉して経済制裁を解いてもらう)の誕生につながっている。
だが、イランには同時にアメリカとの戦いを主張する革命防衛隊のような勢力もある。ハニヤ氏の殺害は革命防衛隊からイランのメディアに伝わっている。おそらく何らかの保護を受けていたのだろう。革命防衛隊がメンツを潰された形になっており、ハメネイ師が冷静な対応を呼びかけても彼らが納得しない可能性がある。
ネタニヤフ首相は共和党の勝利に賭けている
この一連の攻撃はネタニヤフ首相が議会で演説し、バイデン・ハリス・トランプ各氏と会談したあとに行われた。訪米を通じてアメリカ議会がイスラエルを全面的に支援してくれることを感じ取ったのだろう。バイデン・ハリス両氏はネタニヤフ首相に否定的な見解を述べているところからトランプ氏の援助に期待している可能性が高い。
さらに今回の決定は選挙への介入にもなっている。
ハリス副大統領は声明で「パレスチナとイスラエル双方に取ってバランスの取れた解決策を模索すべきだ」と主張した。若者を中心にパレスチナに同情的な意見があり初戦では世論調査に大きな変化が出ている。若者はハリス氏に期待している。だが実際に問題が起きてしまうとハリス氏はイスラエルを無条件で支援すると表明せざるを得ない。当然若者は「しょせんハリス氏もバイデン大統領と同じだ」と落胆することになるだろう。
ハリス副大統領は「検事」として正義を代弁することはできるが、自分の考え方を伝え有権者に影響力を与えることができるような政治家ではない。つまり外交的な問題が起きても対応できない。バイデン大統領は問題を解決しハリス氏の経験不足が露呈しないように後方支援すべきだ。だが、ベネズエラの問題も含めて何もできていないのが実情だ。
狂気とメンツという最悪の組み合わせ
ネタニヤフ首相は自分の地位を守るために戦争を継続しなければならないという狂気に包まれている。だがそのやり方は寧ろ冷静なものだ。渡米してアメリカがどの程度自分たちを支援してくれるかを冷静に見極めて大胆な行動に出た。おそらくバイデン大統領が何もできずハリス副大統領にも外交的な手腕がないことがわかったのだろう。
そして、最も効果的にイランのメンツを潰す行動に出た。結果的に和平交渉は勝手に潰れてしまい国際的に「ネタニヤフ首相が和平交渉を潰した」と非難されずに済む。望み通りに戦争を継続することはできるがイスラエル国民は危険にさらされて予備役の重い負担も背負うことになる。
イランもハマスもアメリカもエジプトもカタールも全面戦争は望んでいないがネタニヤフ首相と極右・正統派の暴走に巻き込まれる形で地域全面戦争の可能性が高まっている。