ランナーズハイ・ワーカーズハイという状態がある。人は疲労が蓄積すると却って気分が高揚し気力が漲っているように感じられる。実力以上の実力が発揮できるが慢性化すると様々な副作用が出てくる。岸田総理は国会閉会に合わせて行った記者会見で「気力が漲っている」と主張した。かなり心配な状態だ。
岸田総理の場合突発的な決断が増え周囲が混乱する。今回は低所得者などに対する幅広い給付を表明したがよくよく中身を見るとほとんど全てが「検討」だった。ハイな状態での現状認識は極めて難しく経済方針も憲法議論も「まとまるものもまとまらない」という状態になっている。
ハイの原因は岸田総理の置かれた状況にある。岸田総理は自民党内で四面楚歌状態にあると言われている。国民民主党の玉木雄一郎代表が指摘し「私はそうは思わない」と否定した。
ところが麻生派の議員から「誰かが責任を取るべきだ」との発言が飛び出している。総理は慌てて麻生太郎副総裁と会食を行い麻生氏をとりなした。ところが今度は茂木派の議員が「総理大臣からの労いがあって然るべきだ」との批判が飛び出す。岸田総理は慌てて議員たちの集まりに出向き謝罪をしたが、フジテレビは「もう手遅れだ」とする議員たちの声を伝えている。熱心な政権擁護で知られるフジテレビでさえこの有様だ。
常人であればここで不安になるところだが岸田総理は常人ではない。
総理大臣には絶大な権限がある考えているのだろう。低所得者に対する燃料補助(ガソリンと電気・ガス)を実施すると表明した。本来ならば議会に諮るべき問題だがそれを議会開幕に合わせて表明しているところから正常な判断力を失っていることは明白だ。さらに低所得者への給付を発表すると事前報道されていたが、これは「検討」だった。また給食費補助と酪農家支援も「検討」を決めた。政治資金規正法の経緯から明白なように岸田総理の検討とは「その場の思いつきのアイディア」の言い換えにすぎない。政治資金規正法の約束はすべて「できるだけ早くやる」という言及に止まっている。アイディアがあるのなら決めればいいと思うのだがもはや党内をまとめることはできなくなっているのだろう。こうして「守られるかどうかよくわからない『検討』」が積み上がってゆく。
当然骨太の方針も「気力が漲る」ものになっている。言い換えると何のまとまりもない。問題は二つある。まず岸田総理就任時と現在では経済・金融状況が激変している。現在はインフレと金利上昇が起きているのだから当初とは違った戦略が必要だ。次に景気の好循環を実現する主体は企業であり政府ではない。
しかし骨太の方針はこうした諸問題に対応することなく「賃上げによって景気の好循環を実現する」と主張し続けている。春闘前にも同じようなことを言っていたが「頑張って主張し続けていればいつかは実現する」という考えのようだ。
プライマリーバランスの黒字化目標は動かさなかったが2026年以降も継続するかについては明言がなかったという。
日銀は着々と国債の引き受けを減らすために既成事実を積み重ねている。総理大臣が代わると政府から日銀に対する要請が変わる可能性がある。その前に何とかしておきたいと考えているのかもしれない。一方で当初予想されていたアメリカの早期利下げが起こりそうにない。このため金利は上昇し再び円安進行が始まった。投資家は日本の国債のポジションをショート(円安と金利上昇予想)に転換している。当然これはプライマリーバランス黒字化にはネガティブなインパクトを持つ。
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こうなると政府は為替介入を積極的に行いたい。だが、アメリカは日本を再び要監視国に設定した。少なくともバイデン政権が続く限りは表だった反対はないだろうが「安易な為替介入には頼るな」という警告も含まれているのかもしれない。仮に11月に政権交代があった場合のインパクトはまだわからないが、日本政府は懸念の払拭に躍起になっている。アメリカに睨まれた政権担当者が現状維持を望む有権者から離反されるということをよく知っているのだろう。
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憲法でも不思議な現象が起きている。国会では緊急事態条項の見直しが話し合われているが、政局化を嫌う自民党の良識的改憲派と憲法改正反対運動を盛り上げて支持を広げたい立憲民主党が「締め切りありき」の憲法改正に反対している。対する国民民主党と維新が憲法改正の早期条文化を要求するという構図がある。
ところがここに憲法9条第2項目を優先すべきという議員たちが現れた。岸田総理はとにかく改憲派に嫌われたくないという気持ちがあり「緊急事態条項であろうが9条であろうがどっちでもいい」のだろう。しかし自民党内の穏健改憲派をまとめるに至っていない。憲法改正については「自称」国民運動の日本会議系の櫻井よし子市から強いプレッシャーがかかっており、和田政宗氏ら中堅・若手議連からも要望が出ていた。今回の改憲提案はこれとは別の議連が発出したもので衛藤征士郎氏が会長。また、石破茂・二階俊博氏らの非主流派重鎮が顔をそろえている。国会審議の頭越しでの提案になりまとまるものもまとまらなくなりそうだ。
ランナーズハイ・ワーキングハイの副作用はその後の燃え尽き症候群であると言われる。だが今回の「ハイ」の副作用はそれだけではない。権力維持に躍起になる岸田総理の元で中長期的な展望が失われなおかつ論理的な議論の組み立て能力も急速に衰えている。
トップがこのような状態だと真っ先に疲弊するのは足元の官僚・行政機関・地方自治体であろう。すでに定額減税で現場は疲弊していると言われている。人体に例えると脳は疲労を感じず気力が漲っているが体はついてゆけていないという状態である。