先日の記事で消費が落ち込んでいるにもかかわらず自民党はプライマリーバランスの黒字化目標を堅持すると言っていると書いた。これは優先順位を間違えたもので「けしからん」という論調である。だがこれは正しくなかったかもしれない。お詫びも兼ねて今の状況を再度整理したい。
ロイターが「自民の財政規律派が「骨太」提言案、円の信認と金利上昇を懸念」という記事を出している。タイトルだけをみると自民党が財政規律派に支配されているように感じるのだがどうもそうではないようだ。どちらかというと方向を決めかねており「骨太」とは名ばかりのどっちつかずの内容に落ち着きそうである。岸田政権は派閥均衡内閣なので結局どちらのいうことも否定はできないのだろう。
記事の前半部分では確かに次のように書いている。文章は要約しカギカッコは取り除いた。この提言はアベノミクスの終了を意味しており「もう財政ファイナンスはできませんよ」と言っている。
- 自民党の財政健全化推進本部(古川貞久本部長)がまとめた提言案
- 足元の為替の状況に対してことさらに悲観的になる必要はないが、少なくとも円の信認は絶対のものではないことは常に意識しておくべき
- 円に対する信認を維持していくためには、経済のファンダメンタルズはもとより、政治の安定を含めたトータルの国力を維持していくことが重要
- 今後は長期金利の水準は市場が決めていくことになる
- 財政運営に当たっては、もはや低金利を当然の前提とすることはできなくなりつつある
ところが記事はここでは終わらない。
- 党内の財政積極派の財政政策検討本部(西田昌司本部長)
- 能登半島地震復旧など必要な予算の制約になりうるとして25年度のPB黒字化目標の撤廃などを要望
結果的に政府・与党関係者は両方を否定しないように調整を加える方向で検討を進めているそうだ。ロイターの表現は次のようになる。
複数の政府・与党関係者によると、政府は「経済あっての財政」との表現を従来通り維持することで積極派の懸念を払しょくしつつ、金融市場での信認確保を重視し25年度黒字化目標を堅持する方向で調整を進めている。
ただし前回ご紹介したように、すでにプライマリーバランス(PB)の2025年黒字化は現実的ではないということになっている。NRIは次のように表現する。本音ではPB黒字化は無理だということはわかっているのだがここで黒字化を諦めてしまうと西田氏のような人たち(NRIは名指しこそしていないが)を勢いづかせることになるというわけだ。
政府としては、ここでPB黒字化の目標を先送りすれば、それに乗じて財政拡張を主張する自民党内の勢力が勢いづき、歳出拡大と国債発行の増発につながること、まだ決着が着いていない防衛費増額、少子化対策の財源の議論に悪影響が及ぶことを警戒しているのかもしれない。その点は理解できるとしても、そもそも実現不可能であることが明らかな財政目標を政府が堅持することは政府の信頼性にも関わる問題だ。
補欠選挙や県知事選挙で敗北が続いているため岸田総理はおそらく既にレームダック化している。選挙を意識した骨太の方針はまとまりを欠いたとなり国民生活の向上には寄与しないだろう。一部で期待されているデフレ脱却宣言なども行えそうにない。デフレ脱却=PB黒字化=財政再建シフトということになってしまい、党内の積極財政派が騒ぎ出す。
本来ならば「消費マインド」を回復するための思い切ったメッセージが求められるところだが今の自民党にはそれは期待できそうにない。
この他に都道府県知事からは「人口減少に対応するために抜本的な対策が必要だ」と要求を突きつけられたようだ。
自民党は従来「財政再建」か「積極財政」かといった政策判断を派閥闘争を通じて行ってきた。ところが安倍派・清和会の一強状態が続きバランスが崩れた結果派閥闘争を通じた政策論争ができなくなってしまっている。結果的に岸田総理はどの派閥にも配慮せざるを得なくなり「どっちつかず」の政策しかまとめられなくなっている。と同時に少子高齢化などの問題はより深刻となり「抜本的な一発逆転の政策」を打ち出すべきだという期待も膨らむ。
この矛盾に満ちた状況を総裁選挙で解消できるものなのかあるいは一度下野して政権から解放された上で組み直すべきなのか。自民党は難しい判断を迫られているようだ。またどっちつかずの提言を見せられる国民もまた解釈にはかなり苦労するのではないか。