国際的な圧力の高まりを受けてイスラエルがラファへの限定的な攻撃を行った。イスラエルはハマスの側から交渉を断ってくることを期待したようだがハマスは交渉を受け入れアメリカ合衆国もイスラエルに冷静な対応を求めている。
この状況を打開するためには暴力にうたったえるしかない。イスラエルはそう考えたのだろう。集団思考の恐ろしさを感じる。
イスラエルには憲法がないが准憲法的な秩序は存在する。国民の不人気を背景にして緊急事態に「立てこもった」政権が何をしでかすかわからないという恐ろしさがある。もちろんイスラエルにも議会はあるが緊急事態が解除されるまでは戦時内閣メンバーは更迭できない決まりになっている。緊急事態とは人々が冷静さを欠いている状態なので普段のメンタリティで物事を判断することはできない。
惨劇はすんでのところで防がれた。イスラエルは「アメリカの支援を受けなければ攻撃が継続できない」と知っておりこれがかろうじて客観的な思考の支えになっている。これが不幸中の幸いだった。
ロイターのまとめを参考にすると時系列は次のようになる。まずイスラエルはガザ地区南部ラファの住民に事前通告を行いその数時間後に限定的な攻撃を行った。元々の計画が総攻撃だったのか原的攻撃だったのかについては情報がない。アメリカ合衆国が厳しく牽制したために大規模攻撃が行われなかったと見るのが良さそうだ。
いずれにせよ「シリアにあるイランの外交施設を破壊すれば全てが滅茶苦茶になってアメリカが助けてくれるのではないか」と考えたのと同じような危なさがある。この時は「第三次世界大戦」や「第五次中東戦争」を意識する人もいた。
ハマスはイスラエルの挑発に乗らず「調停案を受け入れる」と表明した。イスラエルとしてはハマスが反発してくれれば自分達から停戦案を断る必要はないと考えたのだろう。だがそうならななった。ハマス代表者はカタール・エジプト・イラン・トルコと密に連絡をとっている。各方面から圧力を加えられているイスラエルの戦時内閣が近視眼的な状況に追い込まれていることを考えると対照的な態度と言えるだろう。
ではなぜ今回の攻撃は大規模攻撃にならなかったのか。バイデン大統領は避難指示が出た後「大規模な攻撃を行わないように」と働きかけた。このため、イスラエルの攻撃は限定的なものにとどまった。アメリカ国防省のマシュー・ミラー氏はイスラエルが軍事作戦に踏み切れば援助の増加は約束できないと主張している。アメリカ合衆国は弾薬の供給を制限しているという情報がある。ホワイトハウスから詳細は伝わってこないがおそらく牽制の意思があるのだろう。
アメリカのバイデン政権もかなりの瀬戸際にいる。アメリカ国内でイスラエルの行動を支援し状況を改善できないバイデン大統領への苛立ちが募っている。これが形になって現れたのが学生たちのデモだった。このまま状況が改善しなければ民主党大会は1968年以来の大惨事になるかもしれないとウォール・ストリートジャーナルが指摘している。ベトナム戦争の反戦運動が高まりを見せる中で民主党大会が大荒れに荒れた年があった。それが1968年だったそうだ。
結局のところ「ラファ惨劇」のような大規模な攻撃は起こらなかったがイスラエルは停戦案で合意しなかった。ロイターによればイスラエルは「イスラエルの方から合意提案を断っているように見せようとしている人たちがいる」と主張しているが、それが誰なのかについては触れていない。
周囲からの圧力の高まりにより集団思考と近視眼に陥ったイスラエルの政権は「武力で恫喝すれば自分達の有利なように状況が運ぶのではないか」と考えたようだ。
イスラエルには憲法はないが准憲法的な秩序はある。だがそれを停止してでも生き延びたいとする政権が次第に暴走している。国民はなんとかしてこれを止めたいのだが総選挙の実施は望めない。
日本の緊急事態条項の議論では議会がきちんと内閣の暴走を精査することになっている。だが議院内閣制では議会と内閣は「共犯関係」になることが多い。リクードの中は一枚岩ではないが極右はこの状態が長く続くことを望んでいるものとみられる。いずれにせよ議会の中から今回の動きを牽制するような大規模な運動は起きていない。緊急事態になっても議会がきちんと内閣を牽制してくれるだろうという今の議論は机上の空論以上のものになり得ない。
不人気な政権が緊急事態に立てこもったことでハイテク産業は国外に対比している。軍隊の動員などもあり経済が制約されGDPが落ち込んでいる他、トルコがイスラエルとの貿易をストップした。これも物価高の原因になることだろう。イスラエルでは度々選挙を求めるデモが起きているが、議会が機能不全を起こす中デモには何の力もない。
国民の不人気を前提とした憲法秩序の停止と集団思考の恐ろしさがよくわかる。この、唯一救いがアメリカへの依存心である。イスラエルは「そうはいってもアメリカの支援なしには戦いが維持できない」と考えており。これが最後の防波堤のような役割を果たしている。だがおそらく彼らは「どうやったらアメリカを納得させることができるのか」ばかりを考えているのではないかと思われる。だが出てくるアイディアはアメリカの敵をドカンと攻撃すればアメリカが振り向いてくれるかもしれないというようなアイディアばかりである。これが「正気を失っている恐ろしさ」なのだ。
おそらく当事者(イスラエル)でさえもどんな攻撃を行うのかがわかっていないのだから、避難指示をされたガザの市民たちはもっと戸惑っているだろう。ラファからの避難命令が出た段階ではかなり戸惑っていたようで、トラックに家財道具(とは言っても特に何があるというわけでもないが)を乗せて行くあてもなくどこかに逃げようとしている市民たちが大勢いたそうである。CNNは不安な子供たちの表情と共に逃げ惑う市民たちの様子を伝えている。