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日本保守党の台頭と東京15区の支持者層についての分析

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東京15区は都市部において自民党不在の状況で有権者がどう動くかが観察できた。おそらく進んでいるのは都市の貧困化だが、この貧困のイメージがアメリカとそっくりになっていて少し驚いている。今生活に困っているわけではないが将来不安を抱えている。何よりも大きいのは自分達はもっと報われてもいいのにという苛立ちである。

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まず日本保守党についておさらいしておきたい。保守ウォッチングで知られる古谷経衡氏によると日本の保守界隈はネットメディアの視聴者として分類できるらしい。このネット人気に雑誌と新聞が乗っかろうとしているという構成になっている。かつてのテレビが主だった時代とは全く逆転している点が興味深い。

また、なぜか教祖はトランプ氏になっていて「票の操作」があったかで主流派と反主流派に分かれているという。

このブログでは中空構造の呪いという概念を提唱している。カリスマになる何かを祭り上げその周りが回転することで運動体を維持するというのが中空構造である、日本の「いわゆる保守界隈」は安倍元総理の権威を中心に回転していた。本来ならばこれが引き続き祀られるはずだがそうはなっておらずトランプ氏が神棚に祀られているというのは興味深い。

これを最も面白おかしく捉えるとトランプ氏を神棚に据えた新興宗教ということになる。イデオロギーベースの政党は日本では作られなかったということだ。アメリカやトランプ氏が強さの象徴となっており、この解釈をめぐり信者たちが争っているという構図になる。

それでは信者たちは何を求めているのかをみてゆく。JX通信社が調べている。

網羅的な世論調査ではないので、あくまでも今回のサンプル(江東区在住の有権者でネットのモニター調査を行った)を母体としてそこからの偏りを調べてゆくのが良さそうだ。具体的にはブルーの偏りを見てからグレーとの差分を調べることになる。統計的に有意な差があったかを付け加えてくれればよかったのになあとは思うのだが、ここは「大きく差が開いている」ものを便宜的に「有意」とみなしたい。

第一に飯山陽氏はこれまで選挙に行っていなかった人をかなり惹きつけている。つまり新規顧客の獲得に成功した。おそらく自民党が普通に選挙をやっていれば小選挙区では当選できないだろうが比例では議席が期待できるかもしれないといったところにある。引き続き彼ら新規顧客が投票し続ければ国会に新しい勢力が生まれるだろう。

サンプル全体が「今の政治家は自分達のことを尊重してくれていない」と感じているが、飯山氏の支持者は特にその傾向が強く明確だ。そして案の定テレビではなくインターネットを通じて情報を取得している熱心な人たちが多い。つまり古谷氏のいう「ネットメディアがきっかけになった運動である」という点と整合する。と同時にネットメディアが彼らの漠然とした疑念に「答え」を与えている可能性がある。

非常に興味深いのが学歴と生活実感である。高卒がやや多いが高卒だけが飯山氏に惹きつけられているわけではない。さらに生活実感が中の下から中の上までが多い。これも実は全体とはさほど変わりがない。

こちらについては須藤元気氏の支持者が明確に「下」と回答しているのが興味深い。事前に山本太郎氏が応援に入ったと言われておりこちらも気になるところではある。飯山氏の支持者は困窮を感じていても「下」とは思いたくないという人が多い可能性があるということだ。

ここで気になるのが「貧困」「困窮」の定義づけである。

実はこれらのプロファイルがトランプ氏の支持者たちにそっくりなのである。当初トランプ氏の支持者には低所得者と低学歴者が多いなどと言われていた。ところが実際に調査をしてみると高学歴の人もそれなりに含まれている。彼らは今の生活が困窮しているかと聞かれるとそうではないと答えるものの「将来どう思うか」と設問を変えると不安だと答える傾向があるなどと言われている。

彼らが抱えているのは被害者感情だ。「現在の社会制度は自分達を報いるものになっていない」と考えておりこれが「盗まれた」という感覚を生み出している。

一方でアメリカとは明確な違いがある。このブログで政治を扱い始めたころのアメリカには先進的な両岸都市に集まる多様性支持者とそれに乗り遅れた錆びたベルトの人たちという対立構造があった。そして「自分達は報われていない」と考えるのは錆びたベルトの住人たちだった。ここから日本にもやがて先進的な都市住民と地方住民の間に格差が広がるであろうと考えていた。しかし最初に現れた都市型政党は大阪維新でありその後も都市型の改革政党は現れなかった。

日本にはアメリカの両岸のような先進的な地域は現れず全体的な地盤沈下が進んだ。東京江東区(実はベイエリアを抱えた先進的な地域の一つである)でさえも「錆びたベルト的な」人たちが可視化できる程度に膨らんでいる。

彼らの被害者意識がどこから来てどこに向かうのかを考えるのは非常に興味深い。人間には「豊かになりたい」という強い欲求がある。これを自分の努力で叶えることができると約束するのが資本主義・自由主義の根幹だ。欲求は結果的に社会を成長させることもできるし、奪い合いに発展することもある。また満たされない欲求は社会的暴力となって新しい吐口を見つけようとする。

個人が自由に自分の豊かさへの渇望を語り社会がそれを応援するというのが理想的な在り方と言えるだろうが、それはいうほど簡単なものではない。

実際にSNSのXなどで話をしてみるとそもそも自分がどんな豊かさ(それは経済的なものとは限らない)なのかがわからない人が多く、社会に対して自分の存在や立ち位置を規定されることに本能的な苛立ちを感じている人も多い。哲学者や社会学者はそれに対して明確な答えは与えず自分達の専門領域に閉じこもっている。

個人での豊かさの追求を諦めた人たちが向かうのは強さへの希求である。そう考えると「伝統への回帰」と「防衛力の強化」という日本保守党の欲求は二次的なものである可能性が高いのではないかと思える。アメリカではこの強さへの希求が暴走しており議会での意思決定さえ困難という状況になっているが日本のネットでの運動がどうなるかにも注目したい。

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