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BRICSの拡張とペトロダラー体制の終焉

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今回のテーマは「米ドルが次第に基軸通貨としての価値を失ってゆくだろう」というものだ。まず、戦後史を簡単におさらいした後でペトロダラー体制について説明し、なぜそれが終焉を迎えていると思うのかを説明する。おそらくこれを読んだ人の中には「この人はおかしくなった」と感じる人もいるかもしれない。特に日米同盟と西側の優位性が永遠であると信じている人にはフェイクニュースのように感じるのではないか。

いずれにせよ多極化とは不安定な状況だ。日本はこの白黒つかない状況に粛々と対応する必要があるのではないかと思う。おそらくこうした状況はしばらく続くのではないか。

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BRICSが6カ国を加えて11国体制になった。特に大きかったのは産油国2カ国がBRICS入りしたことだ。新開発銀行(通称BRICS銀行)に資金を提供するものの見られている。

簡単に歴史的経緯をおさらいしておきたい。第二次世界大戦で世界経済が破綻した。これを再興するためには資金が必要だった。だが、ヨーロッパはこの資金を賄えなかった。唯一復興の支え手となったのがアメリカだ。背景には豊富な金のリザーブがあった。

ところが復興を優先しヨーロッパと日本に有意な為替レートを設定したためアメリカはこの体制を支えきれなくなる。そこで起きたのが「ニクソンショック」である。金の裏打ちを廃止してしまったのだ。金兌換制の停止とか金本位制の放棄などと表現されることが多い。

具体的にはサウジアラビアが原油価格を設定する権利を認める代わりに決済はドルで行うように求めた。Forbesは「軍事支援と引き換えに」と説明しており様々な手段を使って関係を構築したとされている。こうしてできたのが「ペトロダラー体制」だ。石油を必要としない国はないのだからドルに依存しなければならない環境を作ってから金本位制を廃止したとされている。

今、このペトロダラー体制が終わるのではないかという議論がある。ただし「明日ペトロダラ体制が終わる」というような極端な話でもない。おそらく今後は白黒はっきりしない状態がしばらく続くだろう。例えば西側の経済制裁が続いているにもかかわらずウクライナの状態が改善しないのもその一例だ。本来絶対にあってはならないことだが「とにかく止められていない」という現実がある。

BloombergやForbesの話を総合すると次のようになる。

第一に今すぐ産油国がドルに変わる通貨を探し出すのは不可能だ。ゆえにすぐさまペトロダラー体制が崩壊することはない。しかしながら産油国がドルに変わる枠組みを構築し始めたことは明らかである。それが人民元になるのかBRICS共通通貨になるのかなどもよくわからないが協力の動きにはある程度の継続性がある。

アメリカ合衆国は自国で石油を生産するようになり「もうサウジアラビアに頼らなくても良い」と考えるようなった。このため人権などでサウジアラビアを批判するようになる。当然体制の維持を求めるサウジアラビアはこれに警戒心を抱く。そこで彼らが考えたのが中国を引き込むことだった。習近平国家主席は世界平和に貢献する中国という地位を欲しがっていたようだ。そこでサウジアラビアは敵対していたイランと組んで中国に「名誉」をプレゼントするという戦略を思いついたとする説がある。中国を引き込むというより「アメリカを排除して見せる」ことに意味があったわけだ。

見方を変えれば、イラク・オマーンという周辺国の仲介では今次合意に至らなったことになるが、これはサウジ・イラン側が、中国に名誉を与えることを選んだ結果だと言えよう。すなわち、域内において最も根深い、世界中が注目する、米国も解消できない対立を中国が取りまとめた、という物語をセットすることである。

イラン側にもアメリカ排除の動機があった。多国間交渉を嫌うトランプ大統領は6カ国協議から退出した。現在アメリカは協議への復帰を目指しているとされるのだがかなり厳しい条件を突きつけている。

ロシアと中国は今回BRICSにイランが入ったことでアメリカ、イギリス、フランスを排除した形でイランの核開発をコントロールできるようになるかもしれない。ウランはロシアでも産出され最近クーデターが起きたニジェールからも輸入することができる。ニジェールはフランス向けにウランを輸出していたがクーデターが起きた結果フランスの大使は国外退去を言い渡されている。ニジェールはフランスの裏打ちのある通貨CFAフランを失うだろうが、代替となる通貨があればその影響を最低限に抑えることができる。

さらにロシアはウクライナ侵攻をきっかけにSWIFTから除外され新しい金融システムを支える基盤を必要としているし、ブラジルはアメリカの影響を排除しつつ破綻寸前のアルゼンチンの市場を飲み込むのに人民元が使えると考えている。

各国の思惑は実に様々だが「アメリカを中心とした体制を終わらせて有利な選択肢を得たい」という思惑が共通している。このためアメリカの経済封鎖戦略は徐々に無効化しつつあるがアメリカには代替選択肢がない。

もちろんこれが直ちに「古い世界秩序の終わり」になることはない。これがなかなか厄介だ。

理由は3つある。まず人民元をはじめとするBRICS通貨はいまだに米ドルほどの実力を持っていない。次に南アフリカやインドなどはアメリカともうまくやってゆきたいと考えておりBRICSではブレーキの役割を果たしている。さらにいえば世界覇権などというだいそれたことを考えている国は中国を含めてなさそうだ。単に自分達の政府への影響を排除したいだけなのだ。

こうした変化は我々が考えるよりもゆっくりと進むことになる。だがおそらく我々が考えるよりも確実に進んでゆく。

中国は「アメリカに変わる世界和平の仲介者」という名誉ある地位を熱望しているという点は極めて重要だ。サウジアラビアやイランはそれをよく知っているからこそこれに「利用価値」があると考えている。こうなると「中国は近いうちに台湾を攻撃するだろう」というシナリオは極めて怪しいものに聞こえてくる。少なくともG7とEU以上に広がることはないだろう。中国が台湾に侵攻すればウクライナに対するロシアと同じ地位に置かれる。

「明日アメリカの単極支配が終わる」というわけでもないし、アメリカに代わる明確な覇権が作られるわけでもない。しばらくは盗塁を狙う走者のようにどちらにも走り出せるような体制を整えつつ全体を広く浅く見るという視点が必要だ。

将来が予測できないと不安を感じる傾向の人は「日米同盟万能論」にしがみつくだろうが、それはもう確実なものではなくなってきている。

ただ単にBRICSが拡張したからアメリカの特権的地位が失われるという単純な話ではない。人口動態が変化しているアメリカでは多数派だったヨーロッパ系(白人)の間でこのまま民主主義を擁護していていいのあろうかという疑問が生じ始めている。これが民主党と共和党の軋轢をうんでおり、政治的に不安定な状態が続く。おそらくこうした状況は少なくとも1世代程度は続くのではないかと思われる。やがては多数派から転落したという事実を受け止めるだろうが、しばらく時間はかかるだろう。

こうなると経済に萌え起用が出てくる。顕著なのがアメリカ国債の行方だ。アメリカ国債は世界で最も信頼されている債権とされている。だが、最近では民主党と共和党の恒常的な対立を背景に格付けが下がっている。状況はかなり複雑だ。

バイデン政権は国内分断を背景に人気を維持するために思い切った財政出動を行う。例えば「借金をして学校を卒業した人」のローンを減免するというような政策が提案される。

財政出動が派手なものになれば景気が過度に刺激されインフレが起こる。FRBは景気を冷ますために金利を政策的に引き上げる。すると経済的に弱い人たちから被害を受けるために政権はさらに財政出動をやりたいと考えるようになる。

このため、当然金融市場は増発を予想し金利がさらに上がるという循環に入っている。いったん長期金利のトレンドが形成されると投機的な「空売り」も入る。

こうして盤石であるかに見えたアメリカ国債の安定性は次第に損なわれつつある。決壊したというような大胆な変化ではない。徐々にヒビが入っているのだ。

サウジアラビアがアメリカ経済から離脱すると持っていた米国債を武器として利用するのではないかと考えたのだがどうやらそんなことはないようだ。サウジアラビアは徐々に米国債の保有を減らし始めている。「アメリカに忖度せずに米国債を売ってしまう国」とみなされているためこれが問題になることはないそうだ。そもそもサウジアラビアはアメリカと敵対する動機はない。単に自分達の政体が安泰で石油が高く売れさえすればいい。

だが日本はそうではない。

前回9月の為替介入の時もアメリカから為替操作国に認定されることを恐れていた。さらに日本が米国債を市場に放出すればただでさえ悪化している金利上昇圧力に拍車をかけかねない。アメリカの金利が急上昇すれば日本との金利差が拡大し円安が加速するために下手に動けない。

イエレン財務長官は日本の動向を気にしており、日本の当局も「アメリカと緊密に連携をとっている」と言っている。

日本は自国の通貨安を抱えているため手持ちに米国債を売りたいだろう。だが、それは「禁じ手」になっている。あとは通貨安に耐え忍ぶか高金利を受認するしかない。どちらも国民に経済的困窮を強いることになるだろう。

もちろん明日世界の終わりが来るというような話でもなさそうなのだが、日本側の選択肢は徐々に狭められているということは理解しておいたほうが良いだろう。日本人と日本政府は粛々と不安定な時代に対処する必要がある。

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