衆議院予算委員会で、維新(民主と組んでいる方)の井坂信彦衆議院議員と安倍首相が新しい経営理論を打ち立てた。パートが増えると日本の生産性は上がるというのだ。これには頭を抱えた。
井坂衆議院議員は委員会で新しい知識を披瀝した。「生産性」と「労働時間」には相関関係があり、労働時間が短いほど生産性が高くなるのだそうだ。これは統計的な事実らしい。
そこで井坂議員は「労働時間が短くなるほど生産性が上がるのだろう」と考えたようだ。で、あれば労働時間を短くすれば生産性は上がって行くはずである。そこで井坂議員は「国で労働時間規制をするように」と要望した。
井坂議員の理論を聞いた安倍首相は「柔軟な働き方ができるようにする」と答弁した。これは安倍語で「パートや非正規を増やす」という意味である。これは非正規労働を増やして人件費を下げたいという財界の意向に合わせたものだろう。
井坂衆議院議員は何の反論しなかった。つまり、生産性を上げる為には非正規(パート)を増やさなければならないという議論に同調し、新しい経済理論を打ち立ててしまったのだ。
このやりとりはなぜおかしいのだろうか。確かに生産性と労働時間の間には相関がありそうだ。しかし、生産性が上がったからこそ労働時間が短くなった可能性もある。つまり、AとBの間に相関関係があるというのと、AがBを生み出しているというのは違う「事実」なのである。
確かに、勤務時間を意識するようになったから生産性が上がった可能性はある。しかしそれは「裁量のある労働」であることが前提になるだろう。一方で、短い時間で収益が上げられるようになったから、だらだらと働く必要がなくなった可能性もある。さらに、この2つは相互補完関係にあるのかもしれない。効率的に働くように労働者を誘導する「意識の高い会社」で生産性が増し、同時に労働時間が短くなっているのかもしれないのだ。質問をするからには、まず「なぜ、この2つの要素にどのような関連があるのか」を調べなければならない。
安倍首相に至ってはもうむちゃくちゃだ。多分、安倍首相の頭の中には支持者たちの「ウィッシュリスト」が入っているのだろう。相手が何かを提案してきたら半自動的に「ウィッシュリスト」とのマッチングが行われてしまうらしい。安倍首相は「非正規雇用が増えると生産性が上がる」と信じているのだろうか。恐らくそうではないだろう。多分「どうだっていいじゃん」と思っているのではないだろうか。
安倍首相のお仕事は、適当な事実を見つけてきてお客さんの要望を正当化することなのだ。因果関係や相関関係などどうでもよいのだろうし、場合によっては都合のよいところを切り取って「成果が上がった」といいはったりする。また、それぞれの政策に整合性がなくても気にならないのだろう。
さて、この議論、井坂さんが悪いのだろうか。それとも安倍さんが悪いのだろうか。井坂は行政改革のエキスパートらしいのだが、どこかから聞きかじりで情報を得ているだけの可能性が高い。そしてそれを何も考えない(これを偉大な空白とでも呼ぼう)安倍首相が受けてしまったことで、おかしな理論が完成してしまったようだ。
「パートが増えると生産性が上がる」という仮説を「井坂・安倍理論」と呼びたい。これが本当なら、世の中の企業はすべて思い切った時短を行っているはずだ。残業を禁止するだけで生産性が上がるのだから、これほど簡単な企業改革はない。単に言われるままに働くパートだけを雇って生産性が上がるなら、自律的に考える本社スタッフは全員解雇した方がよいだろう。
なぜ、このような議論が国会で堂々と交わされるのだろうか。それは日本の大学教育が基本的な統計の読み方を教えないからだろう。生産性を上げたいのであれば国全体が「ブードゥ科学」から脱却する必要があるだろう。
それにしても、こういう政治家たちがマニフェストを作っているのだと考えると、ぞっとする。間違った因果関係で作られた「事実」を信者たちがTwitterなどで触れ回り、各地で「議論」が交わされるようになるのだ。