日本はサービス産業の生産性が低い。これをアメリカ並にしなければ日本の成長はないだろうと言われる。では、アメリカ並になるというのは具体的にどのようなことを意味するのだろうか。
アメリカの銀行は口座維持手数料を取る。最低限の預金金額が決まっていて、それを下回ると毎月手数料を支払わなければならないのだ。バンク・オブ・アメリカはある時、「口座手数料がかからない」画期的な口座を作った。ところが、それが儲からないと見切りをつけるとそのサービスを廃止した。ネットには「ある日突然別の口座に切り替わってしまった」という苦情が殺到したらしい。説明をせず、広告も打たず、一方的にサービスを打ち切ってしまったのである。
どういうわけか、僕の口座はそのままだ。5,000円位のお金が預けてあり、ネットバンキング経由では口座にアクセスできる。しかし、質問をしようとすると「その質問ではチャットサービスはご利用いただけません、メールによる問い合わせもお受けしておりません」などと言われる。緊急の要件か利益が上がる質問(例えば投資口座の開設など)でなければ受けてくれないらしい。アメリカに行って店頭でクラークと話せば解決するかもしれないが、1回話すごとに1000円程度の料金を取られるはずだ。
これに比べると日本の銀行はまだ親切だと言える。親切だということはお金がかかるということでもある。その証拠にシティバンクは日本のリテール部門から撤退してしまった。日本には大勢のお金持ちが住んでいる(意外なことに世界でも有数の富裕者の多い国なのだ)のだが、日本の個人客は利が薄い、あるいは手間がかかりすぎると判断したのだろう。
IT業界も似たようなものだ。
Yahoo(米国)のメッセージサービスがつながらない、とカスタマーサポートにメールで連絡した。問い合わせ窓口があるなんて親切だなと思ったのだが、甘かった。オペレータはよくメールの内容を読んでいないのだろう。パスワードをなくした時の対応を記録したテンプレメールが送られて来た。「いや、違いますから」と返信すると、別の担当者がメールを返してくる。「ヘルプを読め」という。これもテンプレートだろう。「ヘルプは読んだ」と返信したところ「パスワードをなくしたときの回復方法」が再び別の担当者から送られてきた。無限ループだ。最後には「Yahooはメッセンジャーに対するサポートは行っておりません」というメールが送られてきた。
Yahooのオペレータは問題を解決する必要がない。その時に受けたメールに返信しているだけだ。解決せずにお客が怒っても気にする必要はない。その怒りは別の誰かが処理するはずである。多分、カスタマーサポートスタッフはアメリカの人ではないだろう。自分たちの対応がブランドイメージを毀損するという意識はないはずだ。彼らの成績は「一定時間以内にどれだけのメールを裁いたか」だけで計られるのではないかと思う。機械の部品なのだ。
Facebookも似たようなサービスを展開している。こちらは一般者用のカスタマーサポートはない。コミュニティで解決しろという。どういう人が解答しているのかは分からないが、多分ボランティアなのではないかと思われる。不具合について質問しようとすると「不具合はFacebookに登録しろ」というので試してみたが、リンクが壊れているようで、質問が登録できなかった。多分、炎上でもしない限り、自分が作ったプログラムの不具合を知る事はできないはずである。
日本人から見ると「ひどい」と思えるほど低いサービスレベルだが、アメリカ人は日常からこうした世界に住んでいる。これを避けようとすればお金で解決するしかない。日本並のサービルレベルを求めて戦ってはいけない。
顧客の疑問は解決しない。はまったらそこで終わりである。解決策は「そのサービスに関わらない」ことだけだ。だから、競争がないと困るのだ。企業内でも次々と新しいサービスを作って、古いものを勝手に引き上げてしまう。ストレスがより少ないサービスができたら、古いサービスは単に潰れてしまう。それで終わりである。
日本はアメリカ企業の後追いをしているので、10年後には似たようなことになっている可能性が高い。一方で高い競争が導入されているかはわからない。だから、10年後の日本のサービスは「代わりはないが著しく不便」ということになっているかもしれない。
現在の日本人は高いお金を出してサービスを買っている。例えば携帯電話会社の窓口に行くと、大勢の高齢者が機器の操作方法を聞きに来ている。スパムメールが来るからなんとかしてくれというものもある。携帯電話会社の窓口は嫌がらずに使い方を教えてくれる。顧客が安いサービスを使っていても「それは対応しません」というスタッフはいない。別の見方をするとこうした人たちをガイドするために、若い層は高いスマホ代金を払ってあげているのだといえる。
支払いの多寡に関わらずみんながサービスを受けられるのが平等なのか、自分の必要なサポートレベルに応じた料金を支払うのが平等なのかというのは意見が別れるところだろうが、現在の日本の方がアメリカより日本の方が社会主義的だということだけは確かだ。