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高い目標を掲げすぎたマイナンバーカード健康保険証構想は事実上の撤退へ

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連日マイナンバーカードについて書いているので、行きがかり上、閉会中審査を見た。公明党が「プッシュ型で資格確認書を送れ」と政府に要望認め事実上政策は破綻している。現在のマイナ保険証普及率は7割なので3割の人が資格確認書を事実上の保険証として使い続けることになる。立憲民主党は「面倒なことは理解したくないがとにかく嫌だという人に拒否する選択肢を与えろ」と更なる譲歩を迫っていた。

「なぜこうなった?」と思い経緯を改めて調べてみた。岸田総理が「前任者はできなかったが俺ならやれる」と考えて始めたが「やっぱり俺じゃ無理だ」ということになった。だが「すまんできなかった」と言えない。どうもその程度の話のようだ。閉会中審査に総理は出てこないので「やっぱりダメでした」とは誰も言えないのだ。

このため事実上構想は断念されたが政府は決めた通りに従来の保険証は廃止しますと言い続けている。

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マイナンバーカード健康保険証は「事実上の」撤回

マイナンバー健康保険証は「事実上の撤回」になった。マイナンバーカードを取得しない人には資格確認証が配布されることになっている。今の所「資格確認証」は申請が必要だが公明党が「プッシュ型」にしろと要求し「職権を使って配布する方法を考える」という答弁が得られた。すでに暗証番号なしで電子キーとして使えないカードの発行も検討されているため政府のマイナンバー保険証構想は「事実上の撤回」ということになった。

国民は「こんな面倒なことをするなら健康保険証を残せばいいじゃないか」と感じている。閉会中審査を聞いている限りこれがどういうわけかできないようだ。

前回書いた顔認証の件だが「総務省が技術的に何ができるのかを色々検討する」そうだ。つまり何も決まっていないために議論になっていなかった。この他の技術的な問題点も今の国会ではあまり多くは語れていない。とにかく「前に進める」という人と「嫌な人には拒否できる権利を与えろ」という話が繰り返されていた。

この拙速さはプーチン大統領がウクライナに突っ込んでいった特別軍事作戦に似ている。数日で終わるはずがなかなか終わらない。かといって軍を撤退させると「負けた」ことになってしまう。では誰がこの作戦のプーチンなのかということになる。

争点は「資格確認証」をなんと呼ぶか

自民党は「マイナンバーカードの利点を広報すれば国民は必ず感謝するだろう」という組み立てで質問していた。立憲民主党の長妻昭氏はこれを逆手に取り「そんなにいい制度なら国民に選ばせてくれ」と言っている。面倒なことは知りたくない。とにかく自分だけがその制度から逃げることができればそれでいい。そんな感じである。

すでに「事実上の義務化」という政府の防衛ラインは破られている。次はこれをどう呼ぶかが現在の防衛ラインになっている。自民党は「資格確認証」と呼びたいが立憲民主党はこれを「健康保険証」と言いたい。健康保険証にすると法律を改正しなければならなくなる。これが自民党の「負け」になるのだ。

とにかく普通に医療サービスが受けたいと考える国民には極めてどうでもいい話だが国会ではこれが熱心に話されている。

そもそもなぜこれが争点になるのか

議論を聞いていて不思議に思ったことがある。そもそもなぜこれが防衛線になるのかである。これを知るためには「義務化」を誰が決めたのかを調べなければならない。極めて面倒なのだが結局報道を過去に遡ることになった。行きがかりとは恐ろしいものである。

結論から言えば決めたのは岸田総理大臣だった。医療機関が導入に苦労しているという話はすでに出ていた。誰も指摘しなかったかアドバイスを軽視して期限を切ってしまったのだろう。

源流は自民党の提言だった。2020年11月に甘利座長の推進本部が将来の健康保険証の廃止などを政府に要望している。この時の政権は菅政権だ。

提言は物事がスムーズに進むのが前提である。だが、健康保険証連携事業は難航する。この年に総理大臣が岸田文雄氏に入れ替わっている。

医療機関は度重なる仕様運転のトラブルに不安を感じていたようだが突然方針転換がある。時間を切って健康保険証を廃止すればカードの普及が促進されるだろうということになった。おそらく「あの菅さんもできなかった事業を力強く推進する」という意図だったのではないかと思う。「私自身が力強くやり遂げる」と言いたい人なのである。

トップダウンの決定に厚生労働省の審議会は紛糾する。また試用運転のドタバタの記憶が残る中で開業医も反対していた。この局面で厚生労働省も「前のめり」のように見えるのだが、実は抵抗していることが後にわかる。これが「事実上の撤退」につながってゆく。

報道を読んでも「誰がこのプロジェクトを推進しているのか」ははっきりしない。つまり岸田総理が前のめりというのはこじつけなのではないかと思う人も多いのではないか。

だが、これが岸田総理なのではないかと思える報道を見つけた。TBSはデジタル庁の河野大臣が「資格確認証」の有料化をやりたかったが厚生労働省の反対で断念したと書いている。まるで政府方針に楯突く人に「罰金を取る」というような制度だ。

厚生労働省はすでに「全員にマイナ保険証を持たせるのは無理」だと思っていたのだろう。法律の組み立てを考えると当然の話ではある。マイナンバーカードを取得する義務はなく健康保険に加入している人は前提条件なしで医療サービスが受けられなければならない。

一見「性急にことを進めようとしているのは河野さん」という印象になる。だがTBSは岸田総理が度々「先進国でもオンラインで本人確認できるツールがここまで普及した国はない」と自慢していたと書いている。ただこの文言は2022年10月の所信表明演説からは消えてしまっていたという。つまり因果関係を書かずに事実だけを並べることで「河野さんは岸田さんに言われてやっている」と匂わせているのだ。

政府は「マイナンバーカードを取得しなかった人に有料でカードを発送するという罰則を課して」カードを普及させようとしたと読める。そしてその理由は「岸田総理が先進国で誰も成し遂げていない」デジタルツールを普及させた総理大臣というレガシーを残すためである。おそらくは「菅総理もなし得なかった」偉業の達成という意味合いもあるのだろう。

高すぎる目標は締切を切って法律条文に組み込まれることになったのだが、実際には無理なので「高齢者には暗証番号のないカードを配り」「申請しない人には職権で資格証を送る」というようなところまできている。立憲民主党はさらにこれを押し込み「法律の撤回」を迫るというのが現在の構図だ。

すでに事実上破綻しているのだから混乱を避けるために「間違いましたごめんなさい」と言えばいいと思うのだが、閉会中審査には岸田総理は出てこない。だから誰もごめんなさいとは言えない。

現場はおそらく大混乱する

政府のダッシュボードによると現在のマイナ健康保険証の普及率は7割程度だそうだ。現在の混乱から見てこれ以上普及するとは思えない。つまりかなりの数の資格確認書を送付しなければならない。マイナ保険証には「暗証番号あり」と「暗証番号なし」があり、さらに「一度カードを受け取ったが返納した」という人が出てくる。きわめて複雑な出納管理が必要になりそうだ。

岸田総理か河野太郎大臣が「前任者はできなかったが俺ならできる」を動機にしているとすると、その野望を満たすために健康保険証一体化という理由を作りさらに「従わなかったものには有料資格確認書というペナルティを課そうとしていた」ことになる。地方自治体も医療機関も振り回されている。

今回のタイトルは当初「玉砕」としていたが「事実上の撤退」に変更した。ただこのまま本音と建前が乖離した状態が続けばやがて犠牲者が出かねない。

一方で立憲民主党は「とにかく面倒を避けたい人のために拒否の仕組みを作れ」と迫っており「どうすればシステムがうまく回るのか」という議論には関心はない。国民はおそらく「デジタル化ってこんなに大混乱するんだ」と考えるようになるだろう。容易に次のデジタル化プロジェクトを認めなくなるはずである。見ていてしんどい。

次の「玉砕プロジェクト」は何になるのか?

マイナ健康保険証問題は解決の糸口が見つからないまま周りを巻き込んで大騒ぎになっている。今回は「岸田総理がレガシーづくりを焦ったのではないか」という仮説を組み立てたが、結果的に「政府のデジタル化はとにかく大変」という印象だけが残った。

そんな岸田総理が今意欲を燃やしているプロジェクトがいくつかある。その一つが憲法改正問題である。「なぜ宏池会の岸田さんが改憲にこだわるのだろうか?」という疑問がある。

現在憲法改正の狙いは「安倍派や保守を引きつけること」だとされているのだが、レガシー作りの野心の方が実は大きいのかもしれない。つまり「あの安倍さんがやれなかったことを俺はやる!」という可能性だ。

実は憲法にも火種がある。現在安倍派は「自衛隊を軍隊にしろ」と主張している。

自民党安倍派(清和政策研究会)は15日、憲法改正への提言をまとめた。「戦力不保持」を定める9条2項を削除して自衛隊を「軍隊」と位置づけることが必要だと主張した。

岸田総理がこれを実現できれば党内で問題は起きない。

だがおそらく立憲民主党などの護憲野党は「巻き込まれ不安」を掲げてこれに反対するだろう。ここで岸田総理が拙速に動けば今回のマイナカード保険証と同じ問題が起きる。「とにかく急いでいるようだが何か変な意図があるのでは」と反発されることになる。マイナ健康保険証は拒否できるが憲法は拒否できない。一方で「とにかく憲法改正をやりたい」とこの点を妥協してしまうと今度は保守派が騒ぎ出すはずだ。

現行憲法は戦後の混乱した時期に作られている。とにかく戦争が終わるんだと考えた国民はおおむね憲法改正を歓迎した。おそらく穏健な改憲派が恐れているのはこの点だろう。誰かが拙速にことを進めることで強硬な憲法反対派が生まれれば現在の憲法権威に大きな傷がついてしまうのである。

これ以上「お店」を広げて周りを混乱させるより勇気ある撤退を選んだほうがいいのではないかと思う。このようなやり方では誰も幸せにならない。

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