アベノミクス、それはノーベル賞受賞の経済学者クルーグマンが推奨する最新の理論だった。
金融緩和をしてお金が借りやすくなれば、企業の投資や住宅建設が増える。経済規模が拡大すれば売上げが上がる。すると、給与が上がり、税収が伸びる。この成長の指標になるのが物価だ。金利差から円の価値が減り、円安が起きるとされた。円安は「輸出で稼いでいる」日本には有利だと考えられた。
確かに、金融緩和の結果として円安が起きて輸出企業の業績は上がったし、株価も上昇した。しかし、設備投資は増えず、輸出企業は日本には戻ってこなかった。IMFは日本は輸出増でGDPが伸びない唯一の例外だと分析した。円安とGDPの間に相関はなく、従って経済成長にも寄与しなかった。円安で輸入品の価格は上がるはずだったが、エネルギー価格の下落で再び物価の下落し「アベノミクスは振り出しに戻った」と言われた。
給与と雇用については二通りの見方がある。浜田宏一内閣参与は「なぜアベノミクスで庶民の給料は上がらなかったのか?」で、アベノミクスは失業者を雇用に吸収しはじめており、正社員の給与は上がるのはこれからだと説明している。一方で、労働者は生産性が低く給与が上がらないセクターに貼付けられているだけだという観測もある。正規雇用は増えておらず、増えているのは非正規労働者ばかりである。また、医療・福祉系は人材を吸収しているかもしれないが、一般的に給与が低いので、定着率が悪く、将来家庭を持てる程の経済的な余裕は生まれにくいと考えられている。
浜田氏に欠けている視点は「企業の自信」だと考えられる。もし企業が自信を持っていれば、生産拠点を日本国内に戻し、設備投資を増やしているはずだ。しかし、実際に増えているのは公共事業と消費税増税前のかけこみ需要によるものだけだった。
アベノミクスの元ネタとされるクルーグマンは9月に都内で講演し「本当に本当に心配」と述べた。改善の速度が遅すぎるのだという。クルーグマンは「すべての人がデフレから脱却したとの確信に達する必要がある」と言っているが、高齢者にはこれから収入が伸びる見込みはなく、30歳代までの「若年層」はそもそも日本が成長していた時代を知らないので脱却のしようがない。
確かに、クルーグマンの処方箋は短期的なデフレの脱却には効果があると考えられている。実際にヨーロッパはデフレから脱却する事ができた。しかし、日本ではそのような効果は観測されておらず、なぜ日本だけが例外なのかという点について明確に考察した人はいない。
経団連だけはアベノミクスを評価している。安倍政権は法人税を下げ、派遣労働者を使いやすくしてくれているからだと思われる。また、経団連は「外国人労働者を増やして欲しい」と考えているようだ。格安の労働者が使えれば、短期的には企業収益は上がるかもしれない。今、企業には納税や給与を通じて社会に貢献しようという気持ちはないらしい。発想としては経済植民地に近い。
現在の物価下落はエネルギー価格の低下によるものだ。円安によって輸入品の価格は上昇している。近い将来、物価は上がったが、全て海外への支払いに消えたということが起こるかもしれない。仕事は戻らず、給与も上がらない。企業は法人税を支払わず、ますます消費税などに頼るようになるといった具合だ。
このように失敗したと考えられるアベノミクスだが、安倍内閣には何がうまくいっていないかを分析するつもりはないらしい。一部にはさらなる財政出動を求める声もあるが、麻薬が切れたら泣き叫ぶ中毒者のようにも聞こえる。
そもそも、アベノミクス事態が大いなる偽薬の役割を果たしている。偽薬を飲んでいる限り、病気が悪くなったらどうなるかを考えなくて済む。安倍政権はついに偽薬を飲む事すら面倒になり、うまくいったら何もしなくてもいいはずだと言い出した。GDP600兆円を目指すつもりだというが、具体策は何もない。多分、官僚が予算を獲得する為に苦し紛れに書いたメニューがずらずらとテーブルに並ぶのだろう。
さらに悪い事に、野党にも対案がないようだ。出来の悪い歌舞伎役者のように見栄を切ってみせるが、次の台詞が出てこない。舞台にさえ上がれば、官僚や観客が台詞をつけてくれると期待しているらしいが、台詞もないのに舞台に上がるのはやめたほうがいい。政権というのもある種の麻薬なのかもしれない。一度手を染めると、再び麻薬を手にすることしか考えられなくなるのだ。