夕方から早朝にかけて一帯は大騒ぎだったようだ。警官2名が犠牲になった事件ということもありテレビは盛んに事件の概要を報道していた。だが、肝心の動機が全く見えてこないため番組の構成に苦労していた。後になって警察発表で動機がわかった。「悪口を言われたと思い込んだ」のが最初のきっかけだったそうだ。犠牲者の数と本人の説明が乖離しており強い戸惑いを感じる。
NHKの詳細報道をもとに概要をまとめる。
事件が起きたのは長野県の最北部に位置する中野市の市議会議長の自宅だった。容疑者は市議会議長の息子で両親とおばと4人で暮らしていた。空気銃を含む銃火器を4台所有しているがこれは合法的な手続きで取得したものである。
亡くなったのは村上幸枝さん(66)竹内靖子さん(70)中野警察署の玉井良樹警部補(46)と池内卓夫巡査部長(61)の4人だった。
村上さんと竹内さんはよく近所を散歩する仲だったそうだ。NHKの取材に対して「農道を歩いてるときに事件に巻き込まれたのかもしれません」と答えている人がいる。つまり何かトラブルがあったわけではなくたまたま通りがかった可能性が高い。警官二人は「ナイフで人が刺された」と通報を受けて駆けつけたところいきなり撃たれたという。防弾チョッキはつけていなかったそうだ。
ここまでは鮮明にわかっている。だが、テレビ番組はこの後を続けられなかった。動機も必然性も見つからない。
例えば立てこもり犯が何か主張しているということはなかった。SNSでの過激思想とのつながりが報じられることもなかった。さらに近所の評判でも「あの家はうまく行っている」とか「家族で協力して色々な事業をやっている」というようなものばかりだった。息子の印象を聞こうと学校時代の友達に取材してみたが「特に印象に残っておらず同窓会にも顔を出していない」という情報しかない。
このためテレビ局は「全国にはSATとかSITと呼ばれる特殊部隊があり……」などとして時間を埋めるしかなかった。銃犯罪が多発しているという事実もないため「猟銃規制をやるべきではないか」という論調も見られなかった。
サスペンスドラマでは最後に犯人が縷々動機を述べることになっている。その後にエンディグテーマが流れてショーは終わりになる。だが現実はそうではない。なんだかよくわからないのである。
容疑者は「悪口を言われたと思った」からサバイバルナイフで刺し驚いて駆けつけた警官に「射殺されると思った」からいきなり猟銃を取り出して撃ったと説明をしているそうだ。つまり何かトラブルがあり最初の女性を刺したわけではない。このため近所の人も「普段農道を散歩しているから今回もそうだったのではないか」と類推するしかないわけだ。
ただし事件を見ていると「あれ?」と思うようなことはある。まず父親は中野市でジェラート店を経営する事業家で市議会議長に就任したばかりであった。おとなしいと言われる息子は「話しかければ返事はする」程度の大人しい性格で何を考えているのかわからないところもあった。時事通信は「話しかけても返事しない」と書いている。
今回、容疑者は「農業」と紹介されていた。実際には「まさのり園」と呼ばれる農場の代表者だったようだ。この「まさのり園」を両親から任されていたのが自分の力で手に入れたのかなど詳しいことはわかっていないのだが、社会とのつながりをあまり持たせてもらえなかった可能性や自分から一歩外に踏み出せなかった可能性はある。別の情報によると13代続いた農家ということだ。つまり形式的には先祖代々のイエを受け継いでいたことになる。
いずれにせよ「警官二人が亡くなる」という極めて重大無事件でありながらも「動機どころか容疑者の主体性も全く見えない」というとても不思議な構造がある。なぜ見えないかというと本人がいかなる形でも言語的に自分の主張を伝えていないからである。
ただ「周囲から顧みられてこなかった」「言語化能力のあまり高くなさそうな人」が突発的に何か大きなことをやったというのは岸田総理襲撃事件の時にもみられた構造だ。内心が言語化できずいきなり極端な行動に結びつくというのは日本ではよくある類型なのかもしれない。社会で成功するためにはいわゆる「コミュニケーション」の重要性が増しており、言語化が得意でない人は「コミュ障」などと言われて社会から引きこもるしかない。
この件に関してはBBCも報道をしている。日本でも「アメリカのような」凶悪な犯行が起きたと書きたかったのかもしれないが、そもそも容疑者の主張が全く見えず銃火器犯罪が多発しているという事実もないためやや戸惑ったような散漫な内容になっている。
発砲された警官は「ナイフによる犯罪だ」と聞いていたため防弾チョッキはつけていなかったそうだ。まさか自分達の担当地域でこんなことが起こるとは想像していなかったのだろう。
現在入手可能な情報を整理すると事件のあらましは次のようになる。
ご近所は「事業もうまく行っているしお父さんは市議会議長の立派な家だ」と考えていた。息子はおとなしくて内気な性格なようだが特に関心を持たれていた様子はない。だがおそらく息子は自分の境遇に忸怩たるものを感じており「きっと周りから悪口を言われているのだろう」と思っていた。いずれにせよ息子は形式的には「農場経営者」ということになり社会的な地位がある。なぜそのような体裁が与えられたのか、また本人の意に沿うようなものだったのかなどはわからない。
これまで伝えられていることが確かならばおそらく「世間が納得するような」動機は今後も出てこないだろう。本人が「自分の状況」を整理できない限り対策は立てられない。
なお、父親は「一身上の都合」ということで議員辞職している。
今後社会の側はこれらの問題をどう解決するべきなのかを考えることになる。言語化が必ずしもうまくない人たちに先回りして「解決策を見つけてあげる」がいいのか「自分の気持ちを言語化ができるように教育で対処する」のがいいのかは人によって意見の分かれるところなのかもしれない。
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