「大きな経済格差」政権交代が難しいタイでそれでも野党が勝つ理由

タイで総選挙が行われ政権交代が行われるかに注目が集まっている。格差の激しいタイは元々都市部と地方で支持政党が違っており長い間「赤」と「黄色」に分かれていた。結果的に2006年と2014年にこれを収めたのは軍である。ところがその軍関係の人たちが今回の選挙で大敗した。今回はなぜタイではこうした政治混乱が続くのかを考えると同時になぜそれでもタイが混乱に陥らないのかについても見てゆく。経済格差が激しいタイでは「王政」が最後の拠り所になっている。つまり現在の国王の権威が落ちれば社会対立が激化しタイの情勢も混乱する可能性がある。






すでにあらかた報じられているためご存じの人も多いだろうが、タイの現在の政治勢力についておさらいしておきたい。NHKの事前報道によるとタイには与野党共にそれぞれ立場が異なる政党がある。

2014年クーデターを率いたプラユット首相の陣営「国民国家の力党」は分裂しプラユット首相は新党「タイ団結国家建設党」を結成し続投を目指している。一方で野党側もタクシン元首相派の「タイ貢献党」と軍の影響力排除を訴える「前進党」という考え方の違う政党が存在するそうだ。つまりメジャーな政党が4つあることになる。

次にタイの選挙制度は非常に複雑である。議会下院は小選挙区400と比例100の500議席を争う。各党は首相候補者を3人まであらかじめ選ぶことができる。ところが首相はこれに加えて軍政下で選出された上院議員250人が加わる。つまり、下院で大勝できないと政権交代ができない仕組みになっている。

日経新聞によると開票率97%時点で前進党、タイ貢献党が続いている。この二つの政党だけで過半数を維持する見通しとなった。親軍派国民国家の力党(39)とタイ団結国家建設党(23)は劣勢に立っているが、250人の上院議員と協力できるので126議席あれば政権交代は阻止できるそうだ。

暫定の最終結果を時事通信が伝えており、次のように表現されていた。

前進党152議席、貢献党(タクシン派)141議席、親軍事政権派は合計で190議席以下となりプラユット首相が率いるタイ団結国家建設党は36議席だった。

タイの政治は激しい党派争いを繰り返してきた。2019年にシノドスが経緯をまとめているものを見つけた。

もともとプレム氏とタクシン氏という対立構造があった。タクシン氏は都市貧困層、東北・北部の農民らから支持を受けていた。彼らは赤シャツ隊と呼ばれていた。一方で都市部の既得権益者は黄シャツ隊と呼ばれていた。既得権益層は貧困層に支持される赤シャツ隊の解体を試みたもののなかなか成功しない。タクシン氏は汚職容疑で国を追われたが妹のインラック氏が首相に就任した。軍はクーデターを起こし全権を掌握した。

今回のニュースで「クーデターのあったタイで」と書かれるのだが、実はクーデターは2回起きている。タクシン首相が政権を追われた2006年とタクシン氏の妹であるインラック首相の退陣をきっかけにおきた2014年クーデターだ。

軍が恐れたのは民主主義である。このため2014年には総選挙で負けても政権交代をしなくても済む仕組みを作り上げた。定数500の下院では3/4以上の議席を得ない限り政権交代ができないようにしたのである。このため現在のタイでは政権交代が極めて難しい。また新国王も現在の体制を望んでいると考えられている。

このシノドスの記事が書かれた2019年にはタクシン派が王室に接近したものの関係を切られたとして「タクシン時代が終わった」などと書いている。確かにタクシン時代は終わったのだがこれは軍政勢力の政権継続を意味しなかった。現在の体制を批判する新しい革新勢力「前進党」が出てきただけだったのである。

なぜそんなことになってしまったのか。

タイの状況は他の新興国と少し違っている。二つの要因がある。一つは経済がそれほど困窮していないという点だ。中央銀行によると経済成長は3.6%になるという。新興国の中でも外貨準備が十分でないなどの要因を抱える国はウクライナ危機やコロナショックなどの影響をダイレクトに受け「デフォルト寸前だ」などと言われることがあるが、タイにはそのような不安要因はない。またコロナ禍も回復基調にあり観光産業にとっては追い風が吹いている。

タイの問題は激しい地方の経済格差だ。都市部や製造業が強い東部とそれ以外の地域に格差問題がある。この格差はさらに拡大しており、東北、北部が経済成長から置き去りにされているという事情がある。

タイには経済格差がある。軍政によって既得権益層はますます潤う。ところが富は特定の人たちに集中してしまうので「その他」が増えてゆく。これまでは貧困地域を代表するタクシン派が既得権に抵抗していたのだが、今回それに加えてさらに「前進党」という新しい勢力が生まれたということになる。現在、前進党党首のピタ氏が首相職に意欲を燃やしておりタイ貢献党が牽制するという状態になっているようだ。

ただしこうした政治的混乱が国全体に広がらないというタイ独特の事情もある。

ほとんどの独裁国家と違い政治から距離を置く国王が強い権威を持っていて与野党ともそれを超えることができない。王室は政治的発言を控えているため西側先進国から人権侵害などで独裁批判をされるようなことはない。ただし、新しいマハ・ワチラロンコン国王には先代ほどの人気はない。新国王は「軍隊が権限を持つことを好ましく思っているのだ」と考えられている。また離婚を3回繰り返し4回目の結婚をしたなどと私生活にも悪い注目が集まっている。

裏を返せば王政が盤石であったからこそ民主主義があまり発展しなかったといえるのかもしれない。

プラユット首相が自身の政党を追われた理由を調べたのだが「任期が限られるために見限られた」と書かれている。2014年から2019年まで5年間も暫定首相だった。総選挙で首相になるのだが「どっちみち任期が限られるから付いて行ってもいいことがない」と離反されたようだ。

タイは民主主義が脆弱であっても国王がなんとかしてくれる国だとも言えるだろうし、最後には国王がなんとかしてくれるから民主主義が発展しないのだとも思える。

いずれぬせよ民主主義が脆弱なために格差が温存されているのは事実である。これがタイの政治状況を不安定なものにしている。貢献党は世論の行方を見ながら連立についてじっくり考えたいのだろう。新しい首相が軍政派から出るのか反軍政派から出るのか、決まるとしたら何時ごろになるのかなどはまだわかっていない。

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