少なくとも描く事ができなければ、実行することはできない。デザインの現場では手描きを軽視するべきではないだろう。少なくとも描いたものと作ったものは合致しているべきだ。だから、スナップ全盛なら、スナップで使われるボディラインも描けるようにならなければならないということになる。
毎日のように服の記録を取っていて思ったことがある。直立姿勢を別にして(これはこれで難しいのだが)バリエーションを付けるのは難しい。写真を見ただけでは、どのように姿勢を作っているのかが分からないのだ。見よう見まねで作ってみるが、どこかぎこちない。すぐに動けなければ意味がないし、特定の場所だけでできても「できた」とは言えない。
いろいろと考えた結果、スタイルを暗記することにした。そこで紙と鉛筆を取り出す。標準的なものをいくつか選び、それを描いてみる。お手本があるとなんとか描けるが、なしで描くのは難しい。つまり、覚えていないわけで、覚えていないものは描きようがない。そして覚えていないことはできない。
この関係は、音楽と楽譜の関係に似ている。中には聴いただけで弾けるという人はいるだろうが、たいていの場合は音楽をそのまま暗記するのは難しい。だから、楽譜を見て覚えるのだ。
ファッションの場合、楽譜に当たるシステムはないと言いたいところなのだが、実際には人のポーズの描き方には決まりがある。丸、四角、円柱といった形を組み合わせて人体を形作って行く。特に肩のあたりに特徴があり、肩を柔軟に動かすことによってバリエーションが作れるようである。
描けるようになったからといって即座に実行できるというものでもない。しかし、最初の一歩にはなる。例えば、描いた通りにやってみてできないことがあるのだが、この場合、正面は描けていても横が描けないといった具合に理解できていない部分があるのだ。描けるということは理解ができているということなので、あとはその通りに実行できるように練習すれば良い。
このように考えてみると、新しく何かを作るということは、頭の中にあるものを「記述する」ことができるということであるということが分かる。記述するにはベーシックな決まり事があり、それを一つひとつ覚えて行かなければならないのだ。
「絵が描けない」という気持ちが強いので、とても抵抗がある。毎日少しずつ覚えて行けば、プロ並みとはいかないまでも「なんとかなる」くらいには仕上げられる。また、分からない形があったとしても基本的な形に落とし込んで行けば、理解の助けになる。音楽でいう楽譜のようなシステムが作られるのだ。
さて、この「手を使って描く」というのは、実はなかなか難しい。パソコンが導入されてしばらく経ち、デザインの最初から手描をしないということがあり得る。グラフィックデザインの現場でも「最初からPhotoshopで」ということはあり得るだろうし、そもそも先生が手を使ってデッサンが描けないということだって考えられるのだ。
何が何でも絶対に鉛筆でなければならないということでもなさそうなのだが、全てをIT化してしまうことも難しい。特に、身体的な行為が関係している場合、手を使って線が引けるということは、形を手が理解しているということにつながる。だから、手描きを軽視すべきではないだろう。
ファッションデザインには確立された「きれいな人体のフォルム」というものが存在するらしい。いわばバレエの基本ポーズみたいなものだ。しかし、ストリートやスナップが全盛の今「崩した身体」がきちんと描けるデザイナーというのは、どれくらいいるのだろうかとも思う。標準化されていないものをちゃんと描くのはなかなか難しいはずだ。