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岸田総理の推し進める「9基の原発再稼働」はどれくらい現実可能性が高いものなのか

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先日、岸田総理が「この冬の電力逼迫に合わせて原発を9基再稼働することを表明」した。これを聞いて「きちんとやることをやってくれているのだな」と安心した人もいるだろうし「選挙が終わったらリベラルが嫌がりそうなことをやり始めた」と感じた人もいたことだろう。

これは実は「すでに再稼働が決まっているものをあたかも電力需給逼迫に合わせて再稼働する」と言い換えただけのようだ。つまり「冬季は電源が逼迫しないと予想しています」と言うべきところを「岸田総理のリーダーシップで」と言い換えているだけなのだ。

そう考えると「冬に電力がたくさん必要だから夏のうちに整備しておこう」という計画が甘かったということが言えるのかもしれない。ウクライナ情勢の悪化で燃料費が高騰したりサハリン2が止められたりするようなことはおそらく年初には想定されていなかったはずだ。つまり実際に説明すべきだったのは「夏に足りないのは予想外でしたね」ということなのだろう。

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まずは日経新聞の記事から読んでゆく。日経新聞は企業管理職が読む経済紙なので原発再稼働を通じてできるだけエネルギー調達コストを下げて欲しいと考えているはずである。つまり原発再稼働には賛成のはずだ。

  • 参議院選挙期間は議論を呼びそうな具体的な計画については表明してこなかったが、選挙が終わり政府の責任を明確にしたと歓迎している。
  • 10基は原子力規制委員会の安全審査を通過し再稼働も行われていたのだが定期検査や安全対策を理由に5期が止まり5基が動いていると説明する。
  • 再稼働するのは関西電力、四国電力、九州電力の原発9基である。

ちょっと驚いたのは既定路線だった具体的な計画すら参議院選挙の時には封印していたということだ。野党は誰も聞かなかったのだろうか。

次に、10基が対象になっていているが再稼働されるのは9基だけという点だ。この1基と思われる原発についてはロイターがきちんと拾っている。ロイターは中国電力に島根2号機について取材をしその結果を書いている。やっと地元の同意がまとまった段階にあり今後審査と対策工事が進むそうだ。2021年6月の山陰中央新聞によると地元に根強い反対派が残っていて差し止め訴訟も起こされているようだ。松江市以外の周辺自治体も対応策協議に参加したがっていたが中国電力はそれを拒否したという2021年9月の記事も見つかった。対応自治体が膨らめばそれだけ「対策費」も巨額になり経営が成り立たなくなるという事情はよくわかる。

さらに、原発が西日本に偏っていることも気になる。こちらはNippon.comが理由を書いている。西日本と東日本でタイプが異なるのだそうだ。

再稼働が進んでいるのは「加圧水型」である。三菱重工のウェブサイトでは燃料系と動力系が分けられるためメンテナンスが簡単だと説明されている。最終的には蒸気でタービンを回すのだが燃料系には蒸気が発生しないため機材の痛みも最低限に抑えられるようだ。

だったら全部「加圧水型でやればいいのに」などと思うわけだが東日本の方が導入時期が古かったということなのかもしれない。

次に政府の方針に反対する人が多く読んでいる東京新聞を読む。こちらは具体的な原発名を出している。つまり9基が新たに再稼働するわけではなく現在定期検査で止まっている5基を動かすだけと言う点は同じだ。

  • 定期検査などで停止している関西電力の美浜原発3号機と大飯原発4号機、高浜原発3、4号機(以上、福井県)、九州電力玄海原発3号機(佐賀県)の5基。
  • 現在稼働中の関西電力大飯原発3号機(福井県)、四国電力伊方原発3号機(愛媛県)、九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)の4基の利用も想定している。

東京新聞は「核のごみ問題が片付いていない」ことを問題視している。確かに原発再稼働の既成事実化が進めばこの核のごみ問題は解決しないままで原発の再稼働が進められることになるだろう。さらに、東京電力の旧経営陣が13兆円の補償を命じられた問題(判決は未確定)を念頭に「総理大臣は原発の危険性については触れなかった」と不満を表明している。

東京新聞が不満を表明しながら決定的に反対理由を述べられない理由はどこにあるのか。これを説明しているのが玉木雄一郎国民民主党代表の発言である。国民民主党は電力会社系の労働組合にも支えられているため原発再稼働を熱心に推し進めたい政党である。Twitterで「実態」を「暴露」している。

  • 新しく再稼働するものではない。もともと再稼働を予定していたものだ。

玉木さんは5つが動いていて4基が再稼働されると主張しており日経とは構成が異なる。

玉木代表が問題視するのは、東京電力管内で電力が足りないと言う問題である。よく構成を見てみると再稼働する原発はどれも西日本管内のものだ。つまり60hz圏内のものが動くのである。東京電力管内に電気を送るためには遠くから50Hzへの変換が必要だ。変換そのものは可能だがあまり効率が良くない上に変換施設がボトルネックになると言うことは考えられるのだろう。

東日本大震災の教訓もあり、東日本と西日本をつなぐ変換器は増強されている。どのような経緯かはわからないがかなり雪深い地域に作られているようだ。おそらく巨大な変換器を新しく置ける場所が山奥しかなかったのだろう。つまり西日本と東日本の電力需給バランスが崩れると東日本管内で電力が逼迫する恐れがある。

新しくできた飛騨の変換施設(変換施設は中部電力と東京電力で2つ必要のようだが、こちらは中部電力側のものだ)の職員が「雪深い中で懸命に施設を守っている」様子を書いている電気新聞の記事を見つけた。つまり、電力供給に余裕ができるとはいえ、現在のように偏った状況では別の問題が発生する可能性があることがわかる。限られた変換装置がボトルネックになるのだが、容易に増設はできそうにない。

次に東日本の原子力発電所が稼働できないのは単に形式の問題だけなのかも気になる。どうやらそうではないようだ。長年の緩みが出ている。その緩みが顕著に現れたのが不正侵入対策の不備である。原子力規制庁の抜き打ち検査がで露見した問題なのだそうだが、調べて見ると様々な問題が見つかった。東洋経済は「秘密主義がモラル低下に、安全審査でも甘さ」と企業体質や審査姿勢を厳しく糾弾した記事を出している。

柏崎刈羽原発ではテロ対策施設の計画が了承されたものの再稼働の見通しが立っていない。原子力規制員会がテロ対策について審議したのは7月13日である。つまりようやく計画が承認された状態なのである。

東京電力の旧経営陣に対する13兆円補償問題でもわかるように東京電力の危機意識は極めて薄い。普段からかなり過酷な事態を想定して動いているため「悪いことは考えないようにしよう」と言う意識が働いてしまうのかもしれない。

岸田政権は「おそらく9基は動くだろう」という理由で岸田総理のリーダーシップを強調するために利用したのだろう。だが実態を調べるとかなり厳しい条件にさらされていることがわかる。つまり「9基は大丈夫」という油断は不測の事態を生み出す可能性がある。

いずれにせよ、今回の件は岸田総理の強いリーダーシップによるものではない。と同時に選挙が終わったからリベラルが反対しそうな政策を一気に推し進めようということでもない。今回はたまたま打ち手があったから政権のシナリオライターがボスの機嫌をとるために「これを成果として大々的に発表しては?」と提案しただけなのだろう。その証拠に円安のような出口の見えない問題について岸田総理の口から何らかの対応策が語られることはなかった。

様々な情報を拾い集めると大体実態や問題点は浮かび上がってくるのだが、それぞれの媒体には立場の違いや視野の違いがありなかなか一つの記事でまとめて読むことができない。

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